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福岡地方裁判所小倉支部 昭和58年(ワ)465号 判決 1989年5月30日

原告 高田二郎

右訴訟代理人弁護士 宗藤泰而

同 横光幸雄

同 住田定夫

同 臼井俊紀

同 三浦久

同 吉野高幸

同 前野宗俊

同 高木健康

同 中尾晴一

同 配川寿好

同 尾崎英弥

同 下東信三

同 江越和信

右横光幸雄訴訟復代理人弁護士 前田憲徳

被告 朝日火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 越智一男

右訴訟代理人弁護士 和田良一

同 美勢晃一

同 宇野美喜子

同 山本孝宏

同 狩野祐光

同 太田恒久

同 河本毅

主文

一  被告は原告に対し、金一三二万五、二二八円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一五分し、その一を被告の負担、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、金二、〇九二万一、一六四円及び内金一、一一八万〇、三六六円に対する昭和六一年一〇月七日から支払済みまで、内金九七四万〇、七九八円に対する昭和六三年七月一四日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張《省略》

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(一)及び二の各事実(当事者)は、いずれも当事者間に争いがない。

2  鉄道保険部時代の労働契約について

(一)  請求原因2(一)ないし(三)の各事実のうち、鉄道保険部が昭和三二年一月一日施行の就業規則を有していたこと、鉄道保険部が昭和三七年一一月一日原告を含む従業員で組織する旧鉄道保険支部との間で、「従業員の停年は満六三才とし、当該従業員が満六三才に達した翌年度の六月末日までとする。但し、会社が必要と認めたときは二年間延長することができる。」(二三条)との労働協約を締結したことは当事者間に争いがない。

右争いがない事実、及び《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 運輸省は、鉄道輸送中の事故による損害賠償のため設けていた鉄道賠償責任制度の支払額が、戦後、事故の増加とインフレによる賠償金額の上昇等により増大したことから、保険制度を利用した合理化を図ろうとして、昭和二三年九月から運送保険研究会を設置して、鉄道取扱貨物につき荷主が活用できる運送保険制度についての検討をすすめたが、運輸省案による運送保険制度は、連合国軍総指令部(GHQ)の反対により、結局、実現するに至らなかった。

(2) 興亜火災は、右鉄道運送保険について新たな構想を練り、昭和二四年七月複数の損害保険会社による引受団(シンジケート)が鉄道運送保険を引き受けることなどを内容とする事業計画概要を発表して、損害保険会社各社に協力を要請した。

右案は、興亜火災と東京海上火災保険株式会社・日産火災海上保険株式会社等との間で調整・検討された結果、かなりの改訂が加えられたうえ、次の骨子で纏まり、興亜火災とその他の加盟各社との間でその旨の協約が締結され、同年一〇月二〇日から実施されることとなった。

① 保険の目的は、手小荷物及び小口扱い貨物とし、損害保険業界全体一五社が共同保険として引き受ける。

② 共同保険の円滑な運営を図るため、興亜火災・東京海上火災保険株式会社・大阪住友海上火災株式会社・日産火災海上保険株式会社の四社を幹事会社とし、興亜火災を代表幹事会社とする。

③ 代表幹事会社は、共同保険事務処理に必要な人員を社員又は嘱託として雇用する。(なお、これは、前記引受団(シンジケート)の結成が「事業者団体法」に抵触するおそれが生じたためにとられた措置であった。)

④ 共同保険の事務処理上必要な経費は、人件費を含め右協約に参加した損保元受各社がその分担割合に応じて負担する。

(3) そこで、興亜火災は、同日、会社組織の一部として「鉄道運送保険部」を設置し、同保険の担当者として国鉄退職者を受け入れて、発足させた。

なお、同部の従業員として国鉄退職者が採用されたのは、戦後多数の引揚者を受け入れた国鉄が減員を図るための定員法の実施で多くの退職者を抱え、鉄道運送保険制度の創設によるその救済と活用を企図していたことから、同保険の取扱方法として、国鉄退職者が駐在している全国の主要駅で運送保険引受業務を行い、これを興亜火災を代表幹事とする損保元受各社で引き受けるという方式が採用されたことによるものであった。

鉄道運送保険部は、当初、運送保険のみの取扱い目的として発足したが、その後、取扱保険種目に火災保険、保証保険、傷害保険、積荷保険が加えられたことから、その名称が実態にそぐわなくなったため、「運送」の二字を削って「鉄道保険部」と改称された。

(4) 原告は、昭和一五年三月鉄道省に入ったが、昭和二四年八月定員法により国鉄を解雇された後、昭和二六年六月一日鉄道保険部職員として興亜火災に雇用され、同社との間に労働契約を締結した。

ところが、興亜火災は、鉄道保険部職員を雇用していたものの、鉄道保険部の経費が前記協約参加の損保元受各社で分担され興亜火災もこの点では他の参加各社と同様、経費の一分担者に過ぎず、形式的には同社の組織の中に鉄道保険部があったが、実質的には損害保険業界の窓口的な存在として損保元受各社の管理下に置かれており、興亜火災には人事権などもなかった。

そして、鉄道保険部は、前記のとおり、その業務の内容及び取扱方法が特殊であること、法人格を持たないとはいえ、本部事務所が興亜火災と別の場所に置かれ、下部組織として東京、大阪などに九支部があり、更にその下に多数の営業所を設けるなど独立組織の実態を有していたことから、原告ら職員には興亜火災の就業規則、給与規程等適用されず、同部の組織及び業務の運営管理等とともに、職員の労働条件の決定も実質上の使用者である鉄道保険部(部長)に委ねられ、興亜火災以外の損保元受各社もこれを認めていたが、当時の鉄道保険部には就業規則等なく、職員の労働条件が必ずしも明確ではなかった。

(5) そこで、原告を含む鉄道保険部職員は、昭和三〇年頃旧鉄道保険支部を結成し(その頃原告は同支部の組合員となった。)、実質上の使用者である鉄道保険部(部長)に職員の労働条件の明確化を求め、鉄道保険部は、旧鉄道保険支部と協議のうえ、昭和三一年一〇月二七日「従業員が停年に達したときは退職とする。」(三六条)、「従業員の停年は満六〇才とする。但し会社(興亜火災)において必要と認めたときは五年以内に限り継続勤務させることがある。」(三八条)との就業規則(内規)を制定し、昭和三二年一月一日からこれを実施した。(右就業規則は、鉄道保険部が法人格を有していなかったことから、労働基準監督署長には届け出られておらず、いわゆる内規として取扱われた。)

(6) 次いで、鉄道保険部は、昭和三七年一一月一日旧鉄道保険支部との間に「従業員の停年は満六三才とし、当該従業員が満六三才に達した翌年度の六月末日までとする。但し、会社(鉄道保険部)が必要と認めたときは二年延長することができる。」(二三条)との労働協約(旧鉄道保険部労働協約)を締結するとともに、前記就業規則三八条を「従業員の停年は満六三才とする。但し、会社(興亜火災)において必要と認めたときは二年間延長することがある。」と改訂した。

(二)  以上の事実を総合すると、右就業規則及び労働協約によって、その定年制に関する規定、殊に退職時期を明確にした旧鉄道保険部労働協約の規定は、原告の労働契約の内容をなすに至り、原告の鉄道保険部における労働契約では、六三歳定年制がその内容となっていたと認められる。《証拠判断省略》

(三)  鉄道保険部の法的主体性の欠如について

被告会社は、前記就業規則(内規)の制定者で労働協約の一方の当事者である鉄道保険部が法人格のみならず、権利能力なき社団としての適格性も有しなかったから、その法的主体性の欠如及び対鉄道保険部職員との間の使用従属関係の欠如の故に、右就業規則及び労働協約が無効であると主張する。

鉄道保険部が法人格を持たなかったこと、及び鉄道保険部と同部職員の間に雇用契約がなかったことは、前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、鉄道保険部は、必要な資産や資在の保有ができず、剰余金もすべて他に帰して蓄積することのできない組織であり、最高責任者として「興亜火災海上保険株式会社鉄道保険部長」が置かれていたが、鉄道保険部として役員を置いたことも、同部の定款を定めたこともなかったことが認められる。

しかし、前記認定のとおり、興亜火災は、同社の従業員として鉄道保険部職員を雇用しながら、前記鉄道保険部の業務の特殊性から、同部職員に同社の就業規則等を適用せず、その労働条件等の決定を実質上の使用者であった鉄道保険部(部長)に委ね、同社以外の損保元受各社もそれを認めていたのであって、このような事実関係のもとで、鉄道保険部(部長)が旧鉄道保険支部と協議して、就業規則(内規)の制定・改定を行い、あるいは労働協約の締結をしたことが認められるから、鉄道保険部が法的主体性を欠いていたことをもって、前記就業規則(内規)及び旧鉄道保険部労働協約が無効であるということはできない。

(四)  前記就業規則(内規)に基づく定年制の無効について

被告会社は、鉄道保険部の前記就業規則(内規)の制定主体、適用の対象に明らかな齟齬があるから、右就業規則によって鉄道保険部が原告ら同部職員の定年制を定めたとはいえない旨主張する。

《証拠省略》によれば、昭和三二年一〇月二七日に制定された鉄道保険部の前記就業規則(内規)は、その冒頭部分に「同規則は、鉄道保険部が旧鉄道保険支部と協議のうえ、同部の従業員の服務その他の就業条件を定めたもの」、同規則三八条に「従業員の停年は満六〇才とする。但し会社において必要と認めたときは五年以内に限り継続勤務させることがある。」とそれぞれ規定しているところ、右規定の「従業員」とは、同規則二条の「この規則に従業員とは所定の手続を経て鉄道保険部職員として興亜火災海上保険株式会社(以下会社という)に雇傭される者をいう。」との規定で「所定の手続を経て鉄道保険部職員として興亜火災海上保険株式会社に雇傭される者」を意味するものとされているから、右三八条の規定も冒頭部分と同様、その適用の対象を鉄道保険部職員としている(なお、右規定は、その制定主体について何ら触れていない。)ことは明らかであって、右就業規則の制定主体、適用の対象に被告会社主張のような齟齬は認められず、右被告会社の主張は、前提を欠くというべきであり、採用することができない。

(五)  旧鉄道保険部労働協約に基づく定年制の無効について

被告会社は、鉄道保険部と旧鉄道保険支部との前記労働協約の冒頭部分及び二三条の規定中、鉄道保険部を「会社」としていることにつき、鉄道保険部が法的にも事実的にも会社であったことがなかったうえ、前記就業規則(内規)中の「会社」が興亜火災を意味する旨の規定とも齟齬しているとして、右協約に基づく鉄道保険部の定年制が無効であると主張する。

前記認定事実及び《証拠省略》によれば、鉄道保険部と旧鉄道保険支部との前記労働協約は、その冒頭部分に、「興亜火災海上保険株式会社鉄道保険部(以下会社という。)と全日本損害保険労働組合鉄道保険支部(以下組合という。)は次のとおり労働協約を締結する。」、同協約二三条に、「従業員の停年は満六三才とし、当該従業員が満六三才に達した翌年度の六月末日までとする。但し、会社(鉄道保険部)が必要と認めたときは二年延長することができる。」とそれぞれ規定しているところ、鉄道保険部が会社であったことはないから、右協約の用語は正確でなく、また、右協約中の「会社」が鉄道保険部を意味するのに対し、前記就業規則(内規)中の「会社」は興亜火災を意味するものとされ、右協約と就業規則(内規)との間に用語上齟齬のあったことが認められる。

しかし、前記認定のとおり、鉄道保険部(部長)は、興亜火災から同部の組織、業務の運営管理等とともに、職員の労働条件の決定等も委ねられていたのであり、右事項に関する限り、興亜火災と実質的に同一視される関係にあって、協約の趣旨もそうであったことが明らかであるから、用語に正確でない部分があり、就業規則(内規)との間に用語上の齟齬があるからといって、右協約延いてこれに基づく定年制が無効であるとまではいうことができない。

(六)  前記就業規則(内規)の定年制に関する規定の対象者について

被告会社は、鉄道保険部の前記就業規則(内規)の定年に関する規定が国鉄永退社員を対象にするものであり、原告ら旧鉄保プロパー社員を対象とするものではなかったと主張する。

前記認定事実及び《証拠省略》によれば、鉄道保険部は、国鉄退職者を受け入れて運送保険引受業務を行うという発足当初の沿革から、発足時全国で九八名であった職員中男子がすべて国鉄退職者、女子も国鉄退職者もしくはその子弟で構成され、その後、五〇歳を越えて国鉄を退職した国鉄永退社員とそれ以外の旧鉄保プロパー社員で構成されるようになったものであり、そのうち国鉄永退社員は、国鉄退職後ほぼ一〇年間雇用の保障を要するという特殊な地位にあったことが認められる。

しかし、鉄道保険部の前記就業規則(内規)の定年制に関する規定は、適用対象を同部職員としていて、旧鉄保プロパー社員を対象から除外する体裁になっていないこと、鉄道保険部と原告ら旧鉄保プロパー社員を営む組合員との旧鉄道保険部労働協約にも同様の規定が置かれていること、前記認定のとおりであり、鉄道保険部に右のような事情があったからといって、右就業規則の適用対象者が国鉄永退社員に限られ、原告ら旧鉄保プロパー社員が除外されていたとはいえない。

以上の次第で、被告会社の右各主張はいずれも採用することができない。

3  被告会社による労働契約の承継等について

(一)  請求原因3、(一)の事実のうち、本件合体が実質的には合併であるとする点を除くその余の事実(但し、被告会社と鉄道保険部との間の合体に関する覚書の効力については、後記のとおり争いがある。)、(二)の事実(但し、鉄道保険部と旧鉄道保険支部との間の合体に関する協定書・附属覚書の効力については、後記のとおり争いがある。)、(三)の事実のうち、被告会社が前記合体に関する協定書・附属覚書の成立前、当時の旧朝日火災支部との交渉の中で、鉄道保険部職員全員の受入れや、鉄道保険部と旧鉄道保険支部との約定の尊重を約した点を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

右争いがない事実並びに《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 鉄道保険部は、逐年取扱保険料を増加させ、昭和三八年度に六億六、七〇〇万円という規模に達したところ、発足当初から興亜火災及び損保元受各社との関係に不明確な部分があり、また、鉄道保険部自体の性格等に曖昧な点が多かったことから、職員の身分が判然としないこと、その営業活動に募集取締法上違法の疑いがあるとされたこと、鉄道保険部内に財産の保有ができず、退職金の積立もできないこと、自己資本のない事業であることなど様々な問題点を抱え、それらが事業規模の拡大につれて浮上し、解決を迫られるようになったため、損害保険会社との実質的な合体(鉄道保険部が興亜火災の機構及び損保元受各社の管理下から離脱するとともに、独立の組織としての実態を解消して、形式的にも実質的にも損害保険会社の組織内に組み入れられること)が考えられるようになり、損害保険会社数社との折衝を経た後、被告会社と合体することとなった。

なお、鉄道保険部は、前記のとおり、独立の組織としての実態を持ち、かつ興亜火災から組織、業務の運営管理等を委ねられていたことから、右合体に際しても、鉄道保険部(部長)として被告会社との交渉及び協約締結等の権限を有していた。

(2) 被告会社と鉄道保険部との間には、組織・職制及び労働条件等について著しい格差があり(例えば、従業員の定年制は、鉄道保険部が六三歳定年制をとっていたのに対し、旧朝日労働協約(昭和三一年一二月二八日締結、昭和三二年一月一日施行)は、「従業員の停年は満五五才に達した日とする。」とし、被告会社の就業規則でも、「従業員が停年に達した場合には退職とする。」、「職員は満五五才をもって停年とする。職員は停年に達する三か月前にその旨を届出なければならない。但し事情により嘱託としてなお在職を命ずることがある。」と定めていた。)、被告会社と鉄道保険部は、合体に際し双方の就業規則、労働協約、その他を統一すべきであったが、鉄道保険部に法人格がなく、性格に曖昧な部分があって行政上放置されず、本件合体が急がれたのと、右双方の格差の統一が容易でなく、長時日を要することが見込まれたことから、合体後にその統一をめざすこととなった。

(3) 被告会社は、鉄道保険部との合体前、旧朝日火災支部との交渉の中で、鉄道保険部職員全員の受入れと、鉄道保険部と旧鉄道保険支部間の約定の尊重を口頭で約するとともに、昭和三九年一一月一三日旧朝日火災支部との間に、鉄道保険部労働協約と被告会社の旧朝日労働協約の統一化、及び資金、労働時間、定年制、嘱託制度、退職金等労働条件の一本化を行う場合、労使協議して決定するとの労働協約(鉄道保険部との合体に伴う協定)を締結した。

一方、鉄道保険部は、旧鉄道保険支部との間で合体後の労働条件について交渉を重ね、合体直前の同年一月二七日旧鉄道保険支部との間に、合体後も、旧鉄道保険支部との間の現行労働協約(旧鉄道保険部労働協約)等を遵守するとともに、定年制及び退職金制度を現行どおりとするとの労働協約(合体に関する協定書・附属覚書)を締結した。

(4) また、被告会社と旧朝日火災支部は、有効期間を一年としていた旧朝日労働協約について、毎年、期間満了の二か月前までに双方のいずれか一方から相手方に書面による協約改訂の申入れがなされない限り、一年間自動的に更新するとの規定により、協約の自動更新を行ってきたが、本件合体前の昭和三九年一二月三一日の有効期間満了に際しては、合体後に労働協約の統一化を図ることが予定されていたことから、労使協議のうえ、従来のような自動更新ではなく、期間満了の日までに新協約が締結されない場合、右有効期間満了の日から更に六か月間を限り同協約を有効とする旨の規定により、昭和四〇年六月三〇日まで同協約を暫定延長することとした。

(5) 被告会社は、昭和四〇年一月二八日、鉄道保険部との間に合体に関する覚書を締結したところ、その内容は、次のとおりである。

① 鉄道保険部は、昭和四〇年一月三一日現在の財産目録及び貸借対照表に基づき、合体期日にその一切の財産、権利義務及び営業を被告会社に引き継ぐものとする。(二条)

② 鉄道保険部の職員は、本覚書調印時の全員を被告会社の従業員として引き続き雇用する。

合体後における鉄道保険部の職員の身分・給与等は、別途協議のうえ決定する。但し、現在の給与を維持し、将来ともこれを低下させることはない。(四条二項)

③ 鉄道保険部の就業規則、給与規定、退職金規定は、被告会社の現存のものと較量して新体制に適するものに順次改定をみるまでは、合体後も当分の間、そのままこれを被告会社において継承する。(五条一項)

④ 鉄道保険部と旧鉄道保険支部との間の労働協約その他の諸契約は、合体後に新たな契約が締結されるまでは、被告会社と鉄道保険部の従業員との間で効力を有するものとする。(六条)

(6) 更に、被告会社は、昭和四〇年一月三一日損保元受各社との間に、本件合体に伴う元受及び再保険取扱並びに移管業務に関する協約(朝日火災と鉄道保険部の合体に伴う保険取扱等に関する協約書)を締結したが、それは、同日以前に鉄道保険部が取り扱った共同保険契約についても、同年二月一日以降被告会社が幹事会社として合体前と同様の方式で一切の業務を処理するものとし、合体と同時に、被告会社が鉄道保険部事務用什器類を合体日前日の帳簿価格相当額で引き取ることなどを内容とするものであった。

(7) 被告会社は、昭和四〇年二月一日鉄道保険部と合体し、右合体に関する覚書及び合体に関する協定書等に基づき、前記鉄道保険部の就業規則、給与規定、退職金規定等を承継するとともに、合体当時の鉄道保険部職員四二八名(国鉄永退社員二六五名、旧鉄保プロパー社員一六三名)全員を雇用し、原告の鉄道保険部における労働契約を承継した。

また、本件合体後、鉄道保険部職員全員が被告会社に雇用されたため、同部職員で組織していた旧鉄道保険支部は消滅することなく、被告会社の企業内労働組合として存続し、旧鉄道保険部労働協約等の労働協約等も、右合体に関する覚書及び合体に関する協定書等に基づき、被告会社との間で効力が維持されることになり、被告会社は、社内に、従来の旧朝日火災支部と旧朝日労働協約、及び旧鉄道保険支部と旧鉄道保険部労働協約の二組合、二労働協約を有することとなった。

(8) その後、旧朝日火災支部と旧鉄道保険支部が、昭和四〇年三月八日・九日の両日合体支部大会を開催して、両組合を統合した訴外組合を結成し、以後訴外組合が、右二個の労働協約を承継するとともに、旧両組合の組合員を代表して被告会社と交渉するものとされ、右各労働協約も被告会社と訴外組合との間で効力を有することとなった。(なお、原告は、当時訴外組合の組合員であったが、昭和四五年四月一日から非組合員となった。)

(9) 被告会社と訴外組合は、前記のとおり、昭和四〇年六月三〇日旧朝日労働協約の暫定延長期間が満了することから、協議のうえ旧鉄道保険部労働協約の有効期間満了日である同年一〇月三一日までの四か月間に限り、再び暫定延長することとしたが、旧朝日労働協約及び旧鉄道保険部労働協約は、その後も同年一一月一日を起点として昭和五八年までの間約五〇回にわたり、ほぼ三か月ないし六か月を延長期間として、暫定延長が続けられた。

(10) 更に、本件合体後、原告と同じ旧鉄保プロパー社員である訴外朝田蔀、同丸谷巻枝、同水本毅は、満六三歳まで勤務したのち、訴外朝田が昭和五三年六月三〇日定年のところ二年間の定年延長により昭和五五年六月三〇日満六五歳で定年退職し、同丸谷が昭和五四年六月三〇日定年のところ二年間の定年延長により昭和五六年六月三〇日、同水本が昭和五五年六月三〇日定年のところ二年間の定年延長により昭和五七年六月三〇日に、それぞれ定年退職した。

(二)  以上の事実によれば、被告会社は、本件合体に伴い、鉄道保険部の就業規則(内規)及び旧鉄道保険部労働協約等を承継するとともに、原告ら職員を雇用することにより、原告らの鉄道保険部における労働契約を承継したのであって、被告会社と原告との労働契約は、鉄道保険部の六三歳定年制を含む労働契約と同一の内容であったと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  被告会社は、被告会社と鉄道保険部の合体に関する覚書が鉄道保険部の法的主体性の欠如の故に無効であり、鉄道保険部の就業規則及び旧鉄道保険支部との間の労働協約も、鉄道保険部、旧鉄道保険支部、鉄道保険部職員が合体で消滅したのに伴って自動的に消滅し、被告会社との関係で何らの効力を有せず、被告会社と原告との労働契約に六三歳定年制は含まれていないと主張する。

しかし、前記合体に関する覚書は、本件合体の際、被告会社との交渉・協約の締結等の権限を有していた鉄道保険部が、被告会社との間に締結したものであること、前記認定のとおりであるから、鉄道保険部が法的主体性を欠いていたことのみをもって、右覚書を無効ということはできず、また、右覚書及び鉄道保険部と旧鉄道保険支部との前記合体に関する協定書等に基づき、被告会社が鉄道保険部の就業規則を承継するとともに、鉄道保険部と旧鉄道保険支部との労働協約等が、合体後被告会社と旧鉄道保険支部あるいは訴外組合との間で効力を有するとされたことも、前記認定のとおりであるから、被告会社の右主張はその前提を欠くものといわざるを得ず、採用することができない。

4  鉄道保険部出身の従業員の定年制に関する労使慣行の成立について

原告は、合体後の被告会社で鉄道保険部出身の従業員につき労使慣行による満六五歳定年制が成立していたと主張するので、この点について判断する。

(一)  請求原因4(一)の事実のうち、鉄道保険部出身の従業員である訴外朝田蔀、同丸谷巻枝、同水本毅が満六五歳で退職したことは、当事者間に争いがなく、右争いがない事実に《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 昭和四一年九月一六日、一七日の両日開催された訴外組合の定例支部大会の議案に、被告会社が旧鉄道保険部労働協約では六三歳が定年であって、その後の二年延長は会社が必要と認めた者についてのみ行うとして、国鉄永退社員の六三歳以上の者を退職させようとしたのに対し、訴外組合が反対し、同年二月七日、八日の労使協議会に同協約締結時の事情に詳しい大阪分会所属の訴外河内、同石堂を参考人に呼び事情聴取を行った結果、「会社側も実質六五歳定年を認めていたが、国鉄関連企業の中で他企業に六五歳定年というところがないため、労働協約に明記することは避けたい。そして、六三歳定年、必要があれば二年延長とするが、心身健康で本人にも働く意志があれば、全員が二年延長される。」ということで同協約ができた経緯が明らかにされ、被告会社も国鉄永退社員につき本人の意思に反してやめさせることはないと約束した旨の記載がある。

(2) その後、被告会社は、鉄道保険部出身の従業員のうち国鉄永退社員(なお、被告会社と訴外組合との労働協約により、本件合体後、被告会社が採用した国鉄永退社員にも旧鉄道保険部労働協約を適用することとされている。)については、国鉄退職後ほぼ一〇年間ないし一五年間雇用を保障しなければならないという特殊な事情があり、担当業務も、出身母体である国鉄物件を中心に取り扱うという特殊性があって、貸金体系も別建てであったことなどを考慮して、その実質的定年を満六五歳とする労使慣行の成立を認めるに至り、実際にも、同社員のほぼ全員が満六五歳まで勤務し、満六五歳に達した翌年度の六月末日に定年退職していた。

(3) 原告と同じ旧鉄保プロパー社員のうち、本件合体後満六三歳まで勤務を続けたのは、訴外朝田蔀、同丸谷巻枝、同水本毅の三名であるところ、前記のとおり、右三名はいずれも満六三歳に達した後二年間の定年延長により満六五歳になるまで勤務を続け、満六五歳に達した翌年度の六月末日に定年退職し、退職金も右の定年退職時に受領した。(なお、右三名のほか、旧鉄保プロパー社員である訴外山川達夫、同米沢健次郎も満六五歳に達した翌年度の六月末日〔訴外山川達夫は昭和四九年六月三〇日、同米沢健次郎は昭和五二年六月三〇日〕にそれぞれ定年退職したが、これは昭和四三年一一月一日、労使双方が合意のうえ、右両名を国鉄永退社員として取り扱うとされたことによるものであった。)

(4) 訴外組合は、被告会社との団体交渉等において、旧鉄道保険部労働協約二三条の「会社が必要と認めたときは二年間延長することができる」との部分につき、過去の闘いの中で「本人の申し出があれば認める」という労使慣行を築いてきたから、実質的に六五歳定年制であると主張し、組合員に配布する組合員手帳にもその旨を記載していた。

(5) 被告会社の人事部が非組合員宛に発信した昭和四八年一二月二〇日付「労使問題速報」には、被告会社が同年一一月一二日と同月二〇日の訴外組合とのフリートーキングの形の折衝に「従業員の定年を全部六〇歳以上で統一することは、世間の常識にも反するし、経営上の自信も持てない。また、何らかの年令で統一しても、現在六五歳定年の協約適用者(鉄道保険部出身の従業員)に全部既得権を認めるというのでは統一の意味がない」という態度で臨み、同月二〇日中央労働委員会に対し、鉄道保険部出身の国鉄永退社員以外の社員については、昭和四九年三月三一日現在五〇歳以上の者に既得権を認め、段階的に逓減して四九歳以下を統一する旨提案したとの記載がある。

(二)  しかし、《証拠省略》によれば、以下の事実もまた認められるところである。

(1) 被告会社は、本件合体後、訴外組合との間で定年制に関する労使協議を重ねてきたが、そのなかで、旧鉄道保険部の労働協約が適用される従業員であっても、国鉄永退社員と旧鉄保プロパー社員とでは、採用の事情、業務内容、賃金体系が全く性格を異にしているから、両者の定年制を同一に論じることはできないと主張していた。

(2) 被告会社は、昭和四七年一一月、一二月当時の中央労働委員会の事情聴取においても、鉄道保険部出身の従業員(国鉄永退社員及び旧鉄保プロパー社員)につき満六五歳が実質的定年の慣行になっているとの訴外組合の主張に対し、「鉄道保険部の労働協約適用者の中には、国鉄を定年退職後入社してくる高齢の国鉄永退者ばかりでなく、三〇歳代の者もいるが、この者達は、合体以前法人格のない大規模代理店的鉄道保険部時代に入社したもので、賃金は単に鉄道保険の手数料のみの能率給になっていて、そのほかいろんな点も含め、基準が不明確であり、概して待遇は悪かったが、長期間雇用されるということから入社してきたとはいえない。それが証拠に、合体後被告会社の一般賃金テーブルに繰り入れられた結果、賃金面が改善されたとして喜んでいる者もいる。このようなメリットがあったこともあり、誰でも六三歳定年後、二年間再雇用(定年延長)することを保障しているものではなかった。国鉄永退者は中間採用と理解しており、六五歳まで雇用するのはあくまで特例である。」との見解を表明し、右組合の主張を認めなかった。

(3) その後、被告会社は、昭和五七年一一月五日訴外組合との労使協議会で定年制と退職金問題を論議した際も、鉄道保険部出身の従業員の定年が、本人の希望で満六五歳まで延長されることにより、実質定年六五歳ということで労使が折り合っているとの訴外組合の主張に対し、根本的に理解の違っている部分があるとし、鉄道保険部時代の労働契約で国鉄永退社員以外の者(旧鉄保プロパー社員)の定年が六三歳になっていたとは考えられず、それらの者については興亜火災の就業規則(定年は五五歳)が労働契約になるとして、これを争った。

(4) 被告会社は、前記のとおり、訴外朝田ら旧鉄保プロパー社員三名を二年間定年延長のうえ満六五歳まで雇用しているところ、これは、合体後訴外組合との間で、予定されていた定年制の統一化が未だ実現せず、旧鉄保プロパー社員の定年制について、訴外組合との間に前記のような見解の対立があったことから、混乱を避けるためにとられた措置であった。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  しかるところ、労使慣行が法的拘束力のある事実たる慣習として成立しているというためには、同種行為又は事実が反復継続されていること、当事者が明示的にこれによることを排除していないこと、当該慣行が企業社会一般に労働関係を規律する規範的な事実として明確に承認され、あるいは使用者及び従業員が一般に当然のこととして異議をとどめず、当該企業内で事実上の制度として確立しているものであることを要すると解される。

これを本件についてみるに、鉄道保険部出身の従業員のうち、国鉄永退社員の関係では労使慣行による満六五歳定年制の成立が認められるものの、原告を含む旧鉄保プロパー社員の関係では、本件合体後満六三歳に達した者全員が二年間の定年延長により満六五歳まで勤務しているとはいえ、前記訴外朝田らの僅か三例に過ぎず(なお、前記訴外山川達夫、同米沢健次郎は、労使双方が国鉄永退社員として取り扱うことで合意したものであり、右の例に含めるのは相当でない。)、しかも、被告会社において、本人の希望で満六五歳まで勤務でき、実質的定年を満六五歳とするのが労使慣行である、という訴外組合の主張をほぼ一貫して否定し、右労使慣行の成立を明示的に排斥していたこと、前記認定のとおりであるから、本件の場合、合体後の被告会社で旧鉄保プロパー社員を含む鉄道保険部出身の従業員全員に、労使慣行による満六五歳定年制が成立していたものと認めることはできない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

5  原告の定年制に関する権利の不確定性及び限時性について

被告会社は、原告と被告会社の労働契約中定年に関する内容が満六三歳定年制という確定的なものでない故、原告が被告会社に対して定年に関する権利を主張できず、また、原告の右権利が暫定的かつ経過的・限時的な性格のものであって、本件合体後短期日で消滅したと主張する。

しかし、前記合体に関する覚書によると、鉄道保険部の就業規則、給与規定、退職金規定は、被告会社のものと較量して新体制に適するものに順次改定するまで、合体後も当分の間、これを被告会社で継承するとともに、鉄道保険部と旧鉄道保険支部との労働協約その他の諸契約も、合体後に新たな契約が締結されるまで、被告会社と鉄道保険部の従業員との間で効力を有する旨定められていたこと、本件合体に伴う前記協定によると、鉄道保険部の労働協約と被告会社の旧朝日労働協約の統一化、及び賃金、労働時間、定年制、嘱託制度、退職金等労働条件の一本化を行う場合、労使が協議して決定する旨定められていたこと、被告会社と鉄道保険部及び旧朝日支部との間では、本件合体後、鉄道保険部出身の従業員と被告会社プロパー社員との間の定年制を含む労働条件等の統一化(すなわち、鉄道保険部の就業規則等と被告会社の就業規則等の統一化、及び旧鉄道保険部労働協約と旧朝日労働協約の統一化)が予定されていたこと、本件合体後、被告会社と訴外組合との間で、旧鉄道保険部の労働協約及び旧朝日労働協約の暫定延長が繰り返されたことは、それぞれ前記認定のとおりであり、これらの事実を総合しても、原告と被告会社との間の定年を含む労働契約上の権利が変更を予定された不確定、かつ暫定的な内容のものであって、被告会社に対し主張することのできないものであるとは認められず、また、原告の権利が限時的な性格を帯びていたとしても、鉄道保険部の就業規則等の改定すらないまま、本件合体後短時日で消滅したとも認めることができない。

なお、《証拠省略》には、原告を含む鉄道保険部出身の従業員が本件合体で取得した定年に関する権利(六三歳定年制)が確定的権利でなく、変更の予定された暫定的権利(定年制)であったとする部分があるが、これは前記合体に関する覚書五条、六条の規定を論拠とするものであって、右認定に照らし、採用できないものであることが明らかである。

したがって、被告会社の右主張は採用することができない。

6  被告会社の原告に対する取扱いについて

(一)  請求原因5(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  同5(二)の事実のうち、原告の昭和五七年度の年収額が七五〇万一、〇〇四円であること、及び昭和五八年四月以降昭和六三年七月二一日までに被告会社が原告に支払った合計金額が一、九一九万七、七五二円であることは当事者間に争いがなく、右事実に《証拠省略》を総合すると、原告は、被告会社の社員として、昭和五七年度に別表(二)の「社員であれば支給された額」欄に記載のとおり、月額三九万七、一五四円の給与、一〇二万五、二八〇円の夏期賞与(六月賞与)、一〇七万一、〇九六円の冬期賞与(一二月賞与)、三八万八、七八〇円の春期賞与(三月賞与)、二五万円の賞与追給(なお、賞与の支給対象期間は、夏期賞与が一月一日より六月末日までの六か月、冬期賞与が七月一日より一二月末日までの六か月、春期賞与が前年四月一日より当年三月末日までの一二か月間とされている。)の合計七五〇万一、〇〇四円の支払を受けていたこと、また、昭和五八年四月以降本件口頭弁論終結時である昭和六三年七月二一日までの間に、被告会社が原告に支払った金額は、別表(一)及び(二)の1ないし6の「特別社員として支給された額」欄に記載のとおり、合計一、九一九万七、七五二円であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  抗弁について

1  本件労働協約の締結及び本件就業規則の制定について

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  訴外組合は、統一労働協約を締結する方針の下に昭和四〇年一〇月被告会社に対し、旧朝日労働協約と旧鉄道保険部労働協約に所定の労働条件のうち、すべての項目につき従業員に有利な方の労働条件を採用する方法で統一すること(定年制については、旧鉄道保険部労働協約の満六三歳〔二年間の定年延長〕に統一すること)を内容とする定年制等の統一案を提示して、労働協約の統一改定を要求し、更に昭和四一年二月、定年制に関する要求を右の満六三歳から満六五歳に拡大・変更した。

これに対し、被告会社は、昭和四〇年一二月訴外組合に、定年制に関して、被告会社プロパー社員と鉄道保険部出身の従業員を含む一般社員の定年を満五七歳、国鉄永退社員のそれを満六三歳とする、などを内容とする労働協約改定案を提示し、以後、被告会社と訴外組合との間で、定年問題を中心に交渉が行われたが、旧鉄道保険部労働協約と旧朝日労働協約のいずれも昭和四一年三月三一日に暫定延長期間が満了することとなっていたにもかかわらず、同日になっても統一労働協約を締結することができなかった。

そこで、被告会社と組合は、右同日「労働協約暫定延長に関する件」と題する協約を締結し、旧朝日労働協約と旧鉄道保険部労働協約について、更に六か月間暫定延長するとともに、統一労働協約を締結するにあたり、労使間で最も意見の対立のあったのが定年等の問題であったことから、定年制、有給休暇、生理休暇について統一労働協約の協議中先議することとしたうえ、小委員会での話合い(昭和四二年一一月まで)及び労使交渉を続けたが、合意に至らなかった。

(二)  被告会社は、昭和四七年六月訴外組合に対し、定年問題の打開策として、被告会社の全従業員の定年を六〇歳とする提案を行ない、更に同年九月、「1 定年は六〇歳とする。但し、事情により再雇用する。2 退職日は、誕生日によって上期(六月末日)と下期(三月末日)とする。」、経過措置「鉄道保険部出身の従業員で五五歳を超えた者については再雇用者を含め、段階的に、昭和四七年四月一日現在五九歳以下の者は六三歳、六〇歳・六一歳の者は六四歳、六二歳から六四歳の者は六五歳をそれぞれの定年とし、退職日は、五九歳から六三歳の者はその年齢に達した日の属する年度末、六四歳の者は昭和四八年六月末日とする。」のほか、右定年改正に伴い設けられることになっていた給与に関する特別規程に「社員(国鉄永退社員並びにその扱いの者を除く。)の本俸は、満五五歳に達した日の翌月分よりその三五パーセントを減額する。」とあったのを「満五五歳に達した日の属する月の額を据え置くものとする。」に改めるなどを回答したが、訴外組合が応ぜず、他の条項を含めて昭和四七年一一月一六日の団交を最後に交渉が決裂し、その後同月二七日訴外組合から中央労働委員会への斡旋申請がなされた。

中央労働委員会では、右同日、被告会社側を招致して意向を聴取したところ、被告会社側が斡旋事項のうち定年問題が最大の争点であり、その解決が得られるならば他の条項の統一改定は自主解決できると思われるので、定年問題のみについて斡旋を受けたいとの意向を示したため、その後、主に定年問題について数回の斡旋が行われたが、労使双方に具体的な譲歩がなく、訴外組合側が六五歳を超える定年延長、被告会社側が六〇歳までの定年延長に固執して、具体的な進展がなかったため、昭和四九年三月一二日付で同委員会の斡旋が打ち切られ、その後、定年統一問題は、後記の昭和五四年七月二六日に至るまで、労使交渉の議題となることがなかった。

もっとも、定年の統一問題は難航していたが、その余の労働条件については、本件合体後、被告会社と訴外組合との労使交渉によって、次のとおり、個別内容ごとに順次、労使合意に達し、労働条件に関する諸規程の統一化が実現されて行き、昭和四六、七年頃までに、定年制以外の労働条件は旧鉄保プロパー社員にとって有利な方向でほぼ統一化されていた。

(1) 昭和四〇年九月 就業時間の統一化

(2) 昭和四二年九月 年次有給休暇等の統一化

(3) 昭和四三年四月 退職金規程の統一化

(4) 同年一一月 賃金制度に関する統一化

(5) 昭和四五年一二月 昇類運営に関する統一化

(6) 昭和四六年九月 保健・安全衛生に関する統一化

(7) 同月 業務上災害補償規定の統一化

(8) 同年一〇月 慶弔見舞金の贈与基準に関する統一化

(9) 同月 社宅規定の統一化

(10) 昭和四七年三月 賃金関係諸規定並びに賞与支給に関する規定の統一化及び休職の取扱いの統一化

なお、昭和五一年八月、被告会社設立当初に幹部職員として採用された他の損害保険会社、あるいは銀行等の勤務経験者(以下「中高年中途採用者」という)以外の被告会社プロパー社員である訴外諫山茂夫が満五五歳の定年退職を迎え、その後一年更改の嘱託制度を適用される事例が生じるに至り、被告会社内にも出来るだけ早く定年制の統一化を図ってほしいとの声が高まっていた。

(三)  その後、被告会社は、昭和五二年度の決算で原則決算(法令・通達どおりに決算を行ったもの)により一七億七、〇〇〇万円の赤字計上を余儀なくされたため、右赤字を埋めるに足る益出し、すなわち財産売却益として一九億七、三〇〇万円を計上し、本来ならば当該年度の財産売却損、財産評価損控除後残額全部(一八億一、二〇〇万円)を保険業法八六条の準備金に積み立てるべきところ、大蔵大臣の特認を得てそのうち一七億九、〇〇〇万円を欠損補填原資として黒字決算処理をする、いわゆる特認決算を行い、表面上一、九〇〇万円の当期利益を計上したが、株主への配当は行えず、無配に転落した。

しかも、昭和五三年六月二二日付日本経済新聞(朝刊)がトップ記事として「朝日火災再建に乗り出す。」、「前三月期大幅赤字、経営陣一新へ」等のタイトルの下に、「昭和五三年三月期決算で資本金二億五千万円の七倍にも相当する一七億七千万円の実質赤字を出して無配に転落(前期は年九%配当)する。金融機関の一種である損保業界で経営難に陥る会社が出たのは戦後初めてのことである。」と全国的に報道し、他の新聞、業界紙、週刊誌等も被告会社の経営危機としてこれを採りあげたことから、被告会社の信用不安が発生し、昭和五三年七月三一日の株主総会で代表取締役三名(会長、社長、副社長)と筆頭常務取締役、計四名のトップ経営陣が一斉に引責退陣する事態となった。

そこで、被告会社は、従来からの重要懸案事項であった定年制の統一を会社再建の重要な施策と位置付け、昭和五四年度の賃金交渉の中で、同年七月二六日訴外組合に対し、同年度賃上げ回答とセットで提案するとして、新人事諸制度の改定(職能資格制度の導入等)、退職金制度の改定(従来の勤務期間別支給率方法から、在職中の貢献度等に応じて支給する点数式退職金制度への切換え)とともに、定年制の統一を提案したところ(以下、これらの提案を「セット提案」という。)、その内容は次のとおりであった。

(1) 定年は満五七歳の誕生日とする。但し、引続き勤務を希望する者は、原則として満六〇歳まで嘱託として再雇用する。

(2) 国鉄永退社員の定年は現行どおりとする。

(3) 定年後の嘱託の給与は、定年時の本俸の四〇パーセント減とする。

(4) 鉄道保険部出身の従業員の取扱い

鉄道保険部出身の従業員が満六〇歳以降満六五歳まで嘱託として再々雇用を希望する場合

① 昭和五五年四月一日現在の満年齢が以下に該当する者については、次の経過措置をとる。

満年齢五七歳の者 満六五歳まで嘱託再々雇用

満年齢五六歳の者 満六四歳まで嘱託再々雇用

満年齢五五歳の者 満六三歳まで嘱託再々雇用

満年齢五四歳の者 満六二歳まで嘱託再々雇用

満年齢五三歳の者 満六一歳まで嘱託再々雇用

② 給与は、満六〇歳時の本俸の三〇パーセント減とする。

(5) 右の定年制は昭和五五年四月一日より実施する。

(四)  これに対し、訴外組合は、賃上げ交渉とセット提案の切離しを求め、争議行為を行うとともに、昭和五四年一二月東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)に実効確保の措置申立を行った。

都労委では、右申立について、労使双方から事情聴取をし、双方に話合いによる解決の指導等をしたのち、被告会社側が定年統一問題のみの切離しに応じたのを受けて、昭和五五年二月四日「組合が向後六か月を目途に(新人事諸制度及び退職金制度問題についての)交渉を尽くす方向を明らかにしていること、また、会社がそれらの問題につき出来るだけ早期の解決を期待していることを当事者双方が理解したうえ、直ちに労使交渉に入られたい」旨の勧告を行った。

その後、右勧告に基づいて労使交渉が進められ、昭和五五年二月二七日被告会社が訴外組合に対し、昭和五四年度の賃上げ額の回答とともに、新人事諸制度と退職金制度を同年七月末日までに合意成立するよう努力し、定年制の統一化を図るための労使間の協議を精力的に行うとの内容の提案を行ったところ、訴外組合が右提案を受け入れたため、同月二九日に右内容の労使合意が成立した。

ところが、訴外組合の新人事諸制度及び退職金制度についての要求と被告会社の前記提案との開きが大きかったため、右各制度のいずれも右期限の同年七月末日までに妥結せず、昭和五六年三月訴外組合が退職金制度の改定と新人事諸制度のうち、新人事諸制度問題の解決を求めて都労委に斡旋申請を行い、都労委の斡旋後である昭和五七年二月二六日、新人事諸制度(新職能資格制度)につき労使間の協定書の調印がなされた。

また、訴外組合は、前記昭和五四年度の賃上げ闘争に先立ち、同年六月二七日都労委に対し、被告会社から提案されていた団体交渉の人数・時間制限の撤回等を求めて、不当労働行為の救済申立(以下「旧件」という。)を行い、都労委において和解交渉が進められたが、昭和五五年九月五日和解不調となった。

更に、訴外組合は、同年九月に開催された組合の定例大会の運営に被告会社が支配介入したとして、同年一〇月七日都労委に新たな不当労働行為の救済申立(以下「新件」という。)を行い、都労委は、昭和五六年一〇月一四日被告会社に対し、被告会社の部長、支店長らの職制をして、組合の定例大会に出席の代議員に、訴外組合内で対立する一方を支持し、他方に反対する旨示唆する言動を行ったり、被告会社の諸会議の際、訴外組合の組合員に、組合内で対立する一方を支持し、他方を暗に批判するなどして、訴外組合の組合運営に支配介入してはならない、との命令を出した。

そこで、訴外組合は、同日の団体交渉で被告会社に対し、全面的な労使関係の正常化を目指し、新件、旧件を含めて和解したい旨申し入れたところ、被告会社は、右都労委の命令について中労委に再審申立をするが、和解には応ずる旨回答したうえ、同年一〇月二八日中労委に右再審査申立を行った。

都労委と中労委は、旧件及び新件(再審査申立)について、和解を優先させる方針から、いずれも審査を保留していたが、その後、労使交渉及び都労委での和解含みの調査がなされた結果、昭和五七年三月一日被告会社と訴外組合との間で、互いにその言動に慎重を期しつつ、誠意をもって、正常な労使関係を確立し、生産性の向上を図って、事業の健全な発展と組合員処遇の向上に努めること、団体交渉のルールについて出席メンバー、時間等を確立すること、過去労使間に生じた問題について、一切を水に流し、今後争わないことなどを内容とする和解協定が締結され、被告会社は中労委に対する新件の再審査申立を取り下げ、訴外組合は都労委に対する旧件の申立を取り下げた。

そして、右和解協定により、労使関係の正常化が約束されたことから、セット提案のうち継続協議とされていた定年統一及び退職金制度改定問題についても、労使交渉が進展するようになった。

(五)  被告会社は、昭和五六年一〇月三一日訴外組合に対し、全面的な統一労働協約改定案(同案でも、国鉄永退社員以外の従業員の定年は満五七歳とされていた。)を提示し、訴外組合も、同年一一月一七日、一八日の定例支部大会以降、改めて統一労働協約の実現を目指し、昭和五七年二月八日の全国支部闘争委員会の決定に基づき、同年二月九日の団体交渉で被告会社に統一労働協約組合案を提出したのち、同年三月三日から労働協約統一問題に関する双方の団体交渉が再開された。

被告会社と訴外組合は、右同日及び同月八日の団体交渉で、労働協約統一問題のうち定年問題・退職金問題を優先的に協議する旨合意したうえ、その後労使協議会での交渉を含め種々の角度から議論・交渉を重ねたが、合意に達しなかったところ、被告会社は昭和五八年二月二四日訴外組合に対し、何としても同年三月末日までに成立させたいとして、「定年統一及び退職金制度の改訂について」と題する文書を提示し、その基本事項と経過措置を具体的に提案したが、右文書の内容は次のとおりであった。

(提案理由)

(1) 現行の退職金制度が、低成長経済社会において会社にとって極めて過大な負担となっていること、また、複数協約の存在は、正常な状態ではないこと、それらが生産性の向上、事業の健全な発展に大きな阻害要因となっていること。

(2) 会社再建の実を挙げ、企業の安定的発展を持続していくためには、定年の一本化、退職金制度の改訂、労働時間の延長等の実現が急務であり、その実が得られなければ、会社の将来に大きな禍根を残すことは必至であり、この問題が解決しなければ、ついには、雇用の維持にも影響を及ぼすことになるのではないかと危惧されること。

(3) 退職金の基礎となる賃金については、昭和五四年度以降の賃上げ額が退職金にはね返らないという、変則的条件を労使合意しているが、いつまでも昭和五三年度本俸凍結というような変則的な措置を続けるならば、様々な歪みが出てくることは明らかであり、新退職金制度について合意に達しない場合には、現行の本俸凍結方式を継続せざるを得ず、そうなると歪みが一層拡大し、好ましくない状態が一層深刻化していくことになること。

(4) 定年、退職金、労働時間を重点とする協約改訂交渉が何ら進展しない場合は、一般世間水準から外れた定年制度、労働時間や膨大な退職金による経営危機が従来にも増して、現実性を増してくるのは必至であり、やがて賃金はもちろん雇用にも大きな影響を及ぼし始め、遂には賃金も雇用もともに何らかの犠牲を強いられることになること。

(提案内容)

(1) 定年統一に関する事項

① 定年は満五七歳の誕生日とする。但し、国鉄永退社員の定年は現行のとおりとする。

② 満五七歳の定年後、引続き勤務を希望し、心身共に健康な者は原則として満六〇歳まで嘱託として再雇用する。但し、再雇用は一年毎に更新の契約とする。

③ 再雇用者の給与は、定年時の年収の五〇パーセント相当額とする。

④ 鉄道保険部出身の従業員(ただし、鉄道保険部出身の国鉄永退社員は昭和五二年六月までにすべて退職しており、昭和五八年二月当時、鉄道保険部出身の従業員は旧鉄保プロパー社員のみとなっていた。)に対する経過措置

イ 鉄道保険部出身の従業員について、昭和五八年四月一日現在、以下の満年齢に当たる者は、例外として次の経過措置をとる。

満六〇歳以上の者 満六五歳まで嘱託再雇用

満五九歳の者 満六四歳まで嘱託再雇用

満五八歳の者 満六三歳まで嘱託再雇用

満五七歳の者 満六二歳まで嘱託再雇用

満五六歳の者 満五七歳定年後、満六一歳まで嘱託再雇用

(満五五歳以下の者は、被告会社プロパー社員と同じ扱いとなる。)

ロ 満五七歳以上の者は、昭和五八年三月末日の基本給に基づき、新方式で退職金を支給する。それ以降の嘱託期間には支給しない。

ハ 満五七歳以上満六〇歳未満の者の給与は、前年度の年収の五〇パーセント相当額とし、その後、六〇歳以降の給与は六〇歳時の年収の七〇パーセントとする。

ニ 満六〇歳以上の者の給与は、昭和五八年度において前年度年収の五〇パーセント相当額とし、昭和五九年度において前年度年収の七〇パーセント相当額とする。

(2) 退職金改訂に関する事項

① 現行退職手当規程の基準支給率を、現行の「三〇年勤続・七一か月」から「三〇年勤続・四八か月」とする。

② 暫定期間三年間の経過措置は、次のとおりとする。

三〇年勤続以上の基準支給率

(基本支給率) (経過措置)

昭和五八年度(初年度) 四八か月+一二か月=六〇か月

昭和五九年度(次年度) 四八か月+八か月=五六か月

昭和六〇年度(三年度) 四八か月+四か月=五二か月

訴外組合は、被告会社の右提案について昭和五八年二月二五日常任支部闘争委員会で討論のうえ、右提案が従来のフレームに経過措置が付いただけであって、訴外組合として検討に入るのは困難であるとして、被告会社に切下げ根拠について説明するか、「五七歳定年・退職金支給率四八か月」を互譲の精神にたって出来る限り譲るようかの二者択一を迫る方針を決定し、同月二六日の団体交渉で被告会社に再検討を求めた。

そこで、被告会社は、昭和五八年二月二八日の団体交渉で定年退職後の再雇用について、次のとおり修正提案を行った。

(修正提案内容)

(1) 退職金支給係数について

① 退職金支給率の「四八か月」を「五一か月」にする。

② 暫定期間三年間の経過措置は次のとおりとする。

三〇年勤続以上の基準支給率

(基本支給率) (経過措置)

昭和五八年度(初年度) 五一か月+九か月=六〇か月

昭和五九年度(次年度) 五一か月+六か月=五七か月

昭和六〇年度(三年度) 五一か月+三か月=五四か月

(2) 定年退職後の再雇用について

① 定年退職後の再雇用者の給与について、定年時の年収の五〇パーセントから、初年度七〇パーセント相当額、次年度六〇パーセント相当額、三年度五〇パーセントとする。

② 鉄道保険部出身者に対する経過措置

イ 満五七歳以上満六〇歳未満の者の給与は、前年度の年収の六〇パーセント相当額とし、その後、六〇歳以降の給与は、六〇歳時の年収の七〇パーセントとする。

ロ 満六〇歳以上の者の給与は、昭和五八年度において前年度年収の六〇パーセント相当額とし、昭和五九年度において前年度年収の七〇パーセント相当額とする。

(六)  訴外組合は、右修正提案を受けて、昭和五八年三月二日、全国支部闘争委員会を招集し、次のような方針を決定した。

(1) 今の状況下で、被告会社に切下げ根拠の説明を求めるとか、更に内容的な譲歩を求めることは、今までの経営者の態度、支部大会、三月末を控えての職場討議の期間をみて、困難と判断する。

(2) 修正提案を踏まえ、最大限の改善を加えた組合要求に集結して解決を図ることにするが、重大な制度の譲歩を行うにあたり、組合としても他の制度での譲歩を求め、また、一方的に権利放棄をさせられる既得権者の多数の納得が必要であり、そのためにかなりの経過措置を盛り込むことを基本にして、解決を目指し最大限の努力をする。

(3) 対案(具体的要求)として、代償条件に昭和五八年三月臨時給与を要求どおりとして、同年度以降実績を基礎に年初協定することを求めるとともに、再修正要求として、再雇用嘱託のあり方及び特に既得権者への配慮を重点として、定年・退職金の経過措置等に関する要求をすることを決定し、昭和五八年三月二二日に予定されている臨時支部大会を経て、同年三月末に向け決着を図る。

そこで、訴外組合は、全国支部闘争委員会が決定した右執行部案を組合員に提案のうえ、同月七日から同月一二日にかけて全国各分会で同案の説明を行い、同月一四日から同月一六日に同案の当否についての全員投票を実施した結果、八七・四パーセントの賛成が得られた。

また、訴外組合の常任支部闘争委員会では、右定年・退職金問題が被告会社の従業員、組合員の各層に様々な影響をもたらす大きな労働条件の変更となるものと考え、非組合員に対し同月七日付の「定年・退職金問題について」と題する手紙を送り、右執行部案についての意見を求めたが、非組合員からは何らの意見も提出されなかった。

更に、訴外組合は、同月一七日、一八日の両日にわたり、今回の定年統一で最も影響を受ける鉄道保険部出身の従業員(国鉄永退社員を除く)の代表一四名と話し合い、その意見を聴取するとともに、右執行部案についての理解を求めた。

その後、訴外組合は、同月二二日の臨時支部大会で統一労働協約(定年・退職金を含む。)の闘争方針について討議のうえ、次の内容の定年・退職金闘争方針を決定し、同月二三日、二五日の団体交渉で被告会社に対し、右方針に基づく要求を行った。

(1) 代償条件

① 昭和五八年三月臨時給与は要求どおりとする。

② 三月臨時給与について、昭和五八年度以降実績を基礎に年初協定する。

(2) 被告会社の提案に対する修正要求

(案)

(1) 再雇用嘱託について

イ 再雇用条件は、三年間まとめて嘱託再雇用とする。

ロ 賃金は、基本給年収(臨時給与を含む。)で定年時の六〇パーセントを最低保証し、別に諸手当は社員と同一とする。

ハ 賃金体系のうち、臨時給与は年三回、諸手当は現行どおりとする。

ニ 賃金以外の労働条件は、基本的に社員と同一とする。

② 定年の経過措置について

イ 旧鉄道保険部労働協約適用者で五六歳以上の者は、提案の期間を嘱託再雇用としてではなく、現行どおりの保証とするが、提案の経過措置によって退職金を受け取り、嘱託に移行する途を選択できるものとする。

ロ 旧鉄道保険部労働協約適用者全体について、六〇歳から六五歳までの既得権の代償として、一定の金銭支出をする。

③ 定年退職日、再雇用嘱託の各満了日は満年齢が五七歳、六〇歳となった年の年度末とする。

④ 退職金の経過措置について、「昭和五三年度本俸(凍結中のもの)×七一か月を上限とした現行係数」と「新基本給(凍結解除後のもの)×五一か月を上限とした新係数」のいずれか高い方を支給するものとする。

(七)  被告会社は、同月二九日の団体交渉で訴外組合に対し、前記要求について次のとおり、回答した。

(1) 昭和五八年三月臨時給与は、二八万円(平均)、一・三七五か月とする。

(2) 代償金(定年退職金問題の解決金)として、一人一律七万円を支払う。

(3) 特別社員について、給与は対象月例給与の六〇パーセント、手当は臨時給与対象外賃金の六〇パーセントとし、臨時給与は一般社員に準じる。

(4) 特別社員の賃金以外の労働条件は、特別社員規定を別途提案する。

(5) 鉄道保険部出身の従業員への代償として、(2)のほかに、一人一律一〇万円を支払う。

(6) その余の組合要求は、拒否する。

被告会社は、右回答につき訴外組合が全国支部闘争委員会での討論等を経て、被告会社に再検討を求めたのを受けて、同月三一日訴外組合と同月末合意に向け計四回の団交を行い、そのなかで更に次の譲歩を行った。

(1) 代償金(解決金)を三万円上積みし、計一〇万円とする。

(2) 特別社員の諸手当を一〇〇パーセント(但し、付加給、固定付加給は六〇パーセント)とする。

(3) 五〇歳以上の鉄道保険部出身の従業員に対する代償について、二〇万円を上積みし、計三〇万円とする。

被告会社と訴外組合は、右のような交渉の結果、右同日「定年五七歳、退職金係数三〇年勤続五一か月で合意する、との基本方向について労使で確認した。早急に細部を含めて不一致点を詰めるべく双方が努力し、合意のうえ四月一日より実施するものとする。」と確認するとともに、口頭補足として、「早急の意味は、組合の組織討議期間を含め、三週間を労使双方の努力目標とする。但し、万が一その努力目標期間内に不一致であっても、一方の考えを他方に押しつけるという自動成立的なことはしないこと」を確認し、その後更に交渉を重ねたうえ、同年四月一一日被告会社から訴外組合に次の最終回答がなされた。

(1) 代償金として、一人一律七万円(既回答のとおり)と一人平均(傾斜配分)五万円(既回答三万円に二万円を加算する。)を支給する。

(2) 定年退職日及び再雇用満了日は誕生日とする。但し、例外として、昭和五八年四月一日現在、次の満年齢にあたる鉄道保険部出身の従業員に対し、経過措置をとる。

(満年齢) (定年退職日) (特別社員再雇用の限度)

満五六歳 満五七歳の翌年度の六月末 満六一歳の誕生日

満五五歳 満五七歳の翌年度の六月末 満六〇歳の誕生日

(3) その他の事項の会社回答は変わらない。

(八)  訴外組合は、昭和五八年四月一二日、一三日の両日全国支部闘争委員会を招集して討議した結果、右被告会社の回答は不満であるが収拾するとの多数意見(以下「A案」という。)と、回答内容が不十分であり、更に粘り強く交渉するとの少数意見(以下「B案」という。)に分かれたため、今後の進め方について両意見(A案・B案)の討議と全員投票を提案することとした。

一方、訴外組合の上部団体である全日本損害保険労働組合常任中央執行委員会(以下「全損保本部」という。)は、同月一三日、一四日の両日右定年・退職金問題に関する闘争の性格と進め方について討議し、「経営者の回答にも一定の変化はあるが、現回答は対置要求との関係では解決の土台となっていない。この闘いの性格は、全損保全体にとっても、朝日支部の組合員一人一人にとっても重大な影響をもつものであり、やむを得ず譲歩する場合でも、全体の合意と既得権者の納得が可能な限り追及されなければならない。そのために、執行部には、最大限要求実現へ向けての努力が求められ、同時に一人一人の組合員も組合員全体の意見の一致まで粘り強く討議を行うことが求められる。したがって、交渉を継続し、交渉の到達点を全体の一致を得られる内容まで高める最大の努力を行うことが指導部としての役割と考えられる。」として、右のB案を支持する見解を示した。

その後、同月一八日から二〇日にかけて、訴外組合の全組合員による職場討議とこれに基づく全員投票が行われたところ、その結果は次のとおりであった。

(有効投票比)

A案(収拾する) 四一七票 六五・四パーセント

B案(継続交渉) 二一三票 三三・四パーセント

白票 八票 一・二パーセント

訴外組合は、同月二二日、二三日の両日全国支部闘争委員会を開き、右投票結果、職場討議、各分会闘争委員会での討議の内容を踏まえ、今後の進め方について討議し、中間的集約としての採決によって、二〇対六で収拾のA案の方向を確認し、全損保本部での討論を受けるため、同月二三日全損保本部、右採決の結果A案の方向で進める旨報告したところ、同本部から次のような指導を受けた。

(1) 四月一四日の前記本部見解を変える状況は生まれていない。

(2) 全員投票の結果、三分の一の組合員が反対しているなかで、多数決による労働条件の切り下げに応ずるべきではない。

(3) したがって、本部・支部が共通の目標としてきた圧倒的多数の合意と既得権者の納得を求めるため、要求実現を目指し、経営者と粘り強く交渉すべきである。

訴外組合の全国支部闘争委員会は、右指導を受けて、更に討議を重ねたが、A案の方向で進めたいという結論が変わらず、同委員会としての結論を出す時期に来ているとの意見が強く、採決を行ったうえ賛成二〇名、反対六名、採決時不在一名の採決結果に従い、支部の方針として収拾のA案によることが決定されたことから、訴外組合でも右決定をもとに全損本部の承認を求めていくこととなった。

訴外組合は、全損保労組の規約上、全損保支部が相手方の企業と労働協約の締結・変更を行う場合、全損保本部の承認を要するとされているのと、定年・退職金の問題が統一労働協約の関係上他支部への影響もあることから、昭和五八年四月二五日全損保本部に右承認を求める手続を行ったところ、全損保本部から、同月二三日の本部の指導方針に変更がないとして再検討を要請され、あえて承認を求めるのであれば、納得できる理由と説明を求めるとの討論のまとめが示されたため、重ねて訴外組合の常任支部闘争委員会で討議・採決のうえ、右A案で収拾するが、一人一人の権利を留保するとの立場を打ち出し、被告会社との交渉でも明確に主張することを決定し(賛成一〇名、反対五名)、これを全損保本部に報告して、再度承認を求めた。

全損保本部では、訴外組合常任支部闘争委員会の進め方について討論した結果、全損保本部見解の「更に交渉を継続すべき」とするスタンスは変わっていないが、情勢判断として出されている組織問題(未解決の場合、組織的混乱を招くおそれがあること)の点から、大局的判断をして、訴外組合と同様、一人一人の権利を留保するとの立場での条件付承認を行うという結論になり、これを受けて、訴外組合の常任支部闘争委員会は、A案で収拾することを決定し、文書で組合員の職場討議を要請したうえ、同年五月九日分会闘争委員会での意見集約を行った結果、一人一人の権利を留保するとの立場での収拾案について、一分会を除くすべてが了解したことから、被告会社に団体交渉で妥結する旨を伝えた。

(九)  以上の経緯により、被告会社と訴外組合は、昭和五八年五月九日の団体交渉で前記最終の被告会社案で合意妥結し(訴外組合は、その際被告会社に対して、「定年・退職金問題について、組合は組織討議の経過を踏まえ、一人一人の権利を留保する立場をとる。つまり、組合組織としては、会社と調印することになるが、これに対して不満の意を表す者が、会社との間で個人として異議を唱えることができると解釈している。」との付帯的発言を行った。)、その後その合意内容に基づく協定書、付属覚書及び議事録確認の文言整理作業をしたうえ、同年七月一一日付、同年五月九日付で本件労働協約を締結(協定書に調印)したところ、その内容は次のとおりである。

(1) 定年

定年は、昭和五八年四月一日より満五七歳の誕生日とする。ただし、国鉄永退社員の定年は従来どおりとする。

(2) 定年後再雇用の条件

① 満五七歳の定年後、引続き勤務を希望し、かつ、心身ともに健康な者は、原則として満六〇歳まで特別社員として再雇用する。但し、雇用契約は一年毎に更新する。

② 特別社員の給与は、特別社員給与規程による。

③ 退職金は、満五七歳の定年時に支給し、それ以降は支給しない。

④ 本協定に定めるもののほかは、特別社員規定による。

(3) 定年の改定及び統一に関する経過措置

① 昭和五八年四月一日現在、下記満年齢に該当する者は、次の経過措置をとる。満五七歳の者は、満六二歳まで特別社員として再雇用する。

② 満五七歳以上の者は、昭和五八年三月末日の基本給に基づき、新方式により、同日付で退職金を支給する。それ以降は支給しない。

③ 満五七歳以上満六〇歳未満の者の給与は、昭和五八年度より特別社員給与規程を適用する。その後、六〇歳時以降の給与は、六〇歳時の特別社員給与、付加給及び固定付加給を七〇パーセントとし、その他の諸手当は、特別社員給与規定により支給する。

(4) 退職金制度の改定

① 退職手当規定の基準支給率を現行の「三〇年勤続・七一か月」から「三〇年勤続・五一か月」に改定する。

② 昭和五八年度以降の退職金算出の基礎額については、昭和五八年四月一日以降従業員各人に定められた基本給(本人給+職能給)として支給される金額全額とする。

(5) 退職金制度改定に関する経過措置

暫定期間三年間の経過措置は次のとおりとする。

三〇年以上勤続の基準支給率

(基本支給率) (経過措置)

昭和五八年度 五一か月+九か月=六〇か月

昭和五九年度 五一か月+六か月=五七か月

昭和六〇年度 五一か月+三か月=五四か月

(6) 代償金

① 被告会社は、定年の改定及び統一並びに退職手当規定改定にかかわる解決のための代償金として、支払対象者全員に一人平均一二万円(一人一律七万円と一人平均五万円)を支払う。ただし、支払対象者は、昭和五八年四月一日在籍者のうち、昭和五八年度新入社員七名及び本制度適用対象外の従業員を除く七六二名とする。

② 鉄道保険部出身の従業員七一名に対しては、右①に次の金額を加算して支払う。

イ 昭和五八年四月一日現在五〇歳以上の者二二名(原告を含む。) 一人一律三〇万円

ロ 同日現在五〇歳未満の者四九名 一人一律一〇万円

(7) 付則

① この協定は、昭和五八年四月一日より効力を生ずる。

② 従前の協定のうち、この協定に抵触する部分はその効力を失う。

更に、被告会社は、本件労働協約の締結に伴い、同年七月一一日職員就業規則の定年に関する部分(五五条)を改訂して、「1 職員は、満五七才をもって定年とする。但し、職員が定年に達した後引続き勤務を希望し、かつ心身共に健康な者は、原則として満六〇才まで特別社員として再雇用する。2 前項の規定にかかわらず、国鉄に勤務中満五〇才を超えて退職後入社した者の定年は、満六三才に達した翌年度の六月末日とする。但し、会社が必要と認めたときは、二年延長することができる。」(本件就業規則)とし、同日付の「職員就業規則の一部改訂について」と題する社報を全従業員に配布して、同年四月一日より職員就業規則を改訂する旨周知させるとともに、退職金規定の改訂、特別社員規定及び特別社員給与規定の新設等(これらの諸規定は、いずれも就業規則としての性質を有するものである。)を行ったところ、右特別社員規定及び特別社員給与規定の内容は、次のとおりである。

(1) 特別社員規定

① 従業員が定年に達した後、引続き勤務を希望し、かつ心身共に健康な者は、原則として満六〇歳まで特別社員として雇用する。

② 特別社員の雇用期間は一か年とし、①の規定に則り一年毎に更新するものとする。但し、三か年を超えることはない。

③ 従業員が退職した後、引続き勤務を希望する場合は、再雇用願に会社指定の医師による健康診断書を添えて、定年の一か月前までに営業本部長・部室長を経由して人事部に提出するものとし、雇用期間を更新する場合もこれに準ずる。

④ 特別社員の給与及び賞与の取扱いは、特別社員給与規定の定めるところによる。特別社員に対する退職手当は支給しない。

⑤ この規定は、昭和五八年四月一日から施行する。

(2) 特別社員給与規定

① 特別社員のうち、「専門職・一般職」を担当する者の月例給与は、次の特別社員給と手当の合計額とする。

イ 特別社員給与は、定年時の本人給、職能給の六〇パーセント

ロ 諸手当

a 家族手当、技能手当、北海道在勤手当、住宅手当、別居手当、出先手当、暖房手当は、社員規定額の一〇〇パーセント

b 付加給、固定付加給は、社員規定額の六〇パーセント

② 特別社員に対する給与は、特別社員になった翌月から毎月二〇日に支給する。

③ 特別社員に対する定期昇給は行わない。但し、社員のベースアップを行う場合には、特別社員に対しても、社員のベースアップの範囲内でベースアップを行うものとする。

④ 賞与は、会社の業績に応じ、社員の賞与に準じて支給する。賞与対象給与は、特別社員給、家族手当、技能手当及び北海道在勤手当の合計額とする。

2  原告が非組合員であり、本件労働協約等による定年統一に同意しない意思表示をしていること等について

前記のとおり当事者間に争いがない請求原因5(一)の事実、並びに《証拠省略》を総合すれば、旧鉄道保険部労働協約、旧朝日労働協約、及び被告会社と訴外組合との労働協約では、そのいずれも「従業員は、労働協約で定められた非組合員の範囲に該当する者を除き、すべて組合の組合員とならなければならない。組合員が組合から除名された場合において、組合が会社に対してその従業員の解雇を要求した場合には、会社はこれを解雇する。但し、会社が解雇を不適当と認めた場合には、組合と協議する」旨いわゆるユニオン・ショップ協定が定められていたこと、原告は、本件合体前旧鉄道保険支部の組合員であり、昭和四〇年三月に組合が結成されて以降組合員であったが、昭和四五年四月一日被告会社大阪支店営業第二部北営業所副部長兼所長に就任し、右労働協約所定の非組合員に該当したことから非組合員となり、本件労働協約が締結された昭和五八年七月一一日当時も非組合員であったこと、被告会社は、原告が昭和五八年四月一日時点で満五七歳であったため、本件労働協約及び本件就業規則等に基づき、同年三月三一日被告会社を定年退職したものとし、同年四月一日以降原告を特別社員として取り扱ったこと、一方、原告は、同月以降被告会社に対し、一貫して本件労働協約等に基づく定年統一には同意しない旨の意思表示をし、本件労働協約に基づく代償金及び退職金の受領を拒否したこと、更に、被告会社は原告に対し、昭和六二年一二月一〇日付をもって、特別社員再雇用期間満了により被告会社を退職したものとして取り扱い、同月一一日以降の就労を拒否し、賃金を支払わないでいることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

3  本件労働協約の原告への適用について

(一)  被告会社は、本件労働協約が締結された昭和五八年七月一一日当時原告は非組合員であったが、被告会社と訴外組合及び非組合員の間に、被告会社と訴外組合で協議決定した労働条件が非組合員である従業員にも効力を及ぼす旨の包括的合意、あるいは確立した労使慣行があり、本件労働協約が原告を含む非組合員の従業員に対しても効力を及ぼすと主張するので、この点について判断する。

(1) 抗弁2、(一)、(1)、2の各事実、及び被告会社が鉄道保険部の労働協約を引き継いでいることは当事者間に争いがなく、右争いがない事実、前記認定事実並びに《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

① 原告は、被告会社と鉄道保険部とが合体した昭和四〇年二月以前、鉄道保険部の従業員で組織する旧鉄道保険支部の組合員であり、合体後も訴外組合の組合員であったが、昭和四五年四月以降非組合員となった。

② 本件合体以前の鉄道保険部と旧鉄道保険支部との労働協約四条には「この協約における従業員とは、組合員及び非組合員である従業員を含むものとする。」と定められ、また一七条には「従業員の労働条件に関する事項及び労働条件に関連ある諸規程に関する重要な事項については(会社側委員と組合側委員で組織する)本部経営協議会で決定する。」と定められていた。

③ 本件合体以前の被告会社と旧朝日火災支部との労働協約四条にも「この協約において従業員とは、会社業務に従事する者であって役員でない者をいい、組合員及び非組合員を含む。」との定め、また、六六条にも「従業員の労働条件の基準に関する事項及び労働条件に関係のある会社の諸規程に関する事項は(会社側委員と組合側委員で組織する)協議会に付議して組合と協議決定する。」との定めがあり、非組合員(管理職)を含むすべての従業員の労働条件が会社と組合間の協議決定事項とされていた。

④ 被告会社は、本件合体により右各労働協約を引き継ぎ、その後、訴外組合との労使協議を経て、旧朝日火災支部との労働協約の規定を存続させ、更にその後の昭和六〇年七月一五日に、右定めが「労働協約の適用範囲は、会社の従業員である組合の組合員に限るものとする。」と改訂された。

⑤ 右協議の過程で被告会社側は、「組合は組合員を代表して労働協約を会社と締結するのであるから、協約上の規程が直接的に非組合員に適用されないことは理論上当然である。」、あるいは「会社案は労働協約の適用範囲を組合員のみにしているが、組合案は全従業員に適用するという表現になっている。労働協約は、非組合員に適用されるものではなく、更にいえば、組合役員は組合員でない者まで含めて代表する資格はない筈だ。」、組合側は、「非組合員の問題も組合員に影響があるし、全損保労組内で今回の会社案のような例はない。」と主張し、協議の結果右の内容に決定された。

⑥ 被告会社の従業員の労働条件は、本件合体後本件労働協約締結までほぼ一貫して向上しており、被告会社と訴外組合との労働協約等で定められた労働条件は非組合員を含む被告会社の全従業員に適用されてきた。

⑦ 訴外組合は非組合員に対し、昭和五八年三月七日付「定年・退職金問題について」と題する書面で「定年・退職金は労使間の交渉事項ですが、全従業員の重要な労働条件であり、非組合員の皆様にとっても直接に大きな影響があります。労働協約上、従業員の代表者として交渉にあたる私達は、皆様の様々なご意見もできるだけ生かせるよう努力しなければならないと思います。」と通知した。

⑧ 昭和五八年三月一六日の団交の際、労働協約の適用範囲は組合員に限定されるのが当然であり、非組合員の問題について組合がとやかくいうことはおかしい、という被告会社の発言に対し、訴外組合は、組合員が将来非組合員になる場合を考えて、非組合員の労働条件も考えたい、非組合員の労働条件の切下げで全体の労働条件が左右されるなどと述べ、非組合員を労働協約の適用対象から外すという被告会社の提案に反対し、その後、右双方の発言を掲載した被告会社人事部作成の労使問題速報が非組合員全員に配布された。

(2) しかし、原告を含む非組合員が訴外組合にその労働条件等を決定する権限を与えていたと認めるべき証拠はなく、本件労働協約に至るまでの間、被告会社と訴外組合との労働協約等による労働条件が非組合員を含む全従業員に適用されてきたのは、偶々労働条件が不利益に変更されたことがなく、非組合員である従業員において、敢えてその適用を拒む理由がなかったため、問題とならなかっただけとみる余地がある。

そして、《証拠省略》によれば、被告会社が都労委に提出した昭和五四年七月九日付書面に、被告会社自身「労働協約中に非組合員に対する文言があったとしても、組合が非組合員を代表し得る立場にないのであるから、非組合員がかかる労働協約に拘束される理由はない」旨主張しているのが認められること等を併せ考えると、右認定の各事実によっては、被告会社と訴外組合で協議決定した労働条件が非組合員である従業員に対しても効力を生ずる旨の包括的合意が存在し、あるいは、そのような確立した労働慣行が存在していたと認めるに足りないというべく、他に右被告会社の主張を認めるに足る証拠はない。

したがって、被告会社の右主張は採用することができない。

(二)  次に、被告会社は、労働組合法一七条により、本件労働協約で定める定年制が原告にも適用されると主張するので、この点について判断する。

(1) 抗弁2(二)の事実のうち、本件労働協約が締結された昭和五八年七月一一日当時、原告が勤務していた被告会社九州営業本部北九州支店の従業員数が合計一七名であったこと、そのうち、非組合員が原告を含めて三名であったことは当事者間に争いがなく(なお、《証拠省略》には、当時右北九州支店の従業員数が合計一六名であり、そのうち非組合員が原告を含めて二名であったと記載されている。)、《証拠省略》によれば、右北九州支店の従業員のうち、営業担当調査役の原告らと支店次長が非組合員、原告の上司である支店長を含むその余の者がすべて訴外組合の組合員であったこと、原告が非組合員として扱われていたのは、被告会社と訴外組合との労働協約に定められた非組合員の範囲に該当する地位(営業担当調査役)にあったからであるが、その職務の内容は、組合員である支店長の業務命令によって通常の保険募集業務に携わるというものであって、他の一般組合員と同様であったこと、したがって、原告は使用者の利益を代表する者としての管理職の地位にはなかったこと、がそれぞれ認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) そこで、まず、本件が労働組合法一七条の「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至った」との要件に該当するか否かについて検討する。

同条にいう「一の工場事業場」とは、一個の企業または経営単位が数個の工場事業場を有するときは、一個の企業全体や経営単位としての工場事業場群ではなく、個々の工場または事業場を指すと解すべきであるから、前記認定事実によれば、本件の場合、本件労働協約が締結された昭和五八年七月一一日当時、原告の勤務していた被告会社の九州営業本部北九州支店を一の事業場とみるのが相当であるところ、右北九州支店では、当時訴外組合の組合員が被告会社に常時使用されている従業員の四分の三以上を占めていたことが明らかである。

そして、前記認定の本件労働協約の内容に照らすと、本件労働協約は、国鉄永退社員に対して適用される部分とそれ以外の従業員に適用される部分とに区分されているものの、被告会社の全従業員に適用される趣旨のものであることが明らかであるから、被告会社に常時使用されているすべての労働者を対象としているというべきであり、そうすると、本件労働協約に定める定年制は、原告と同一の事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者に適用されるに至ったと解すべきである。

3 また、本件労働協約の定める労働条件(定年制)は、鉄道保険部出身の原告にとって、定年の改定、統一に関する経過措置を考慮しても、雇用期間及び給与総額の面で従前よりも不利益と考えられること、前記認定のとおりであるところ、原告は、非組合員である未組織労働者が新しい協約基準により有利な労働条件で労働契約を締結している場合、新しい労働協約の効力は右非組合員労働者には及ばないと主張する。

労働組合法一七条の規定は、その文言上、同条の定める労働協約の一般的拘束力を右主張のように制限的なものとはしていないが、同規定の立法趣旨について考えてみると、同規定が右一般的拘束力を定めたのは、労働協約の適用を受けない未組織労働者が協約基準より不利な労働条件で雇用されている場合は、労働組合の組合員と未組織労働者との間に不公正な競争を生じ、協約基準引下げの方向に作用することがあり得る反面、逆に未組織労働者が協約基準より有利な労働条件で雇用されている場合、有利な労働条件を求めて組合を脱退する者が生じ、団結力の維持、強化を阻害することにもなるから、これらの事態を防止して組織の動揺を防ぎ、団結を維持、強化するとともに、同一職場での統一的な労働条件の設定を趣旨としていると解される。

してみると、同条の定める一般的拘束力の範囲を原告主張のように制限的に解釈すべき理由はなく、未組織労働者が協約基準より有利な労働条件で労働契約を締結している場合(労働条件の不利益変更の場合)においても、未組織労働者に対し新しい労働協約を適用してその労働条件を引き下げることが、右規定の趣旨に照らして著しく不当と解される特段の事情がある場合を除き、新しい労働協約の効力が未組織労働者にも及び、その労働条件は協約基準にまで引き下げられるものと解するのが相当である。

そして、右のような特段の事情がある場合としては、未組織労働者が使用者との個別の労働契約で協約基準より有利な労働条件を獲得していることに積極的、合理的な理由があり、団結力の維持、強化のためといえども、そのような個人の既得の利益を否定することが著しく不当であると認められる場合、あるいは労働協約の当事者が未組織労働者の労働条件を低下させることのみを目的として、合理的な必要性もなく労働協約を締結したような場合等が考えられる。

(4) そこで、本件において、右のような特段の事情があるか否かについて検討するに、既に認定したとおり、本件合体後、被告会社の従業員(国鉄永退社員を除く。)に旧朝日労働協約の適用を受ける被告会社プロパー社員と旧鉄道保険部労働協約の適用を受ける旧鉄保プロパー社員が存在することになり、両者の労働条件の統一化に関する労使交渉が重ねられたこと、その結果、昭和四六、七年頃までに定年制の違いを除くその余の労働条件がほぼ統一され、定年制の問題のみが未解決のまま推移していたこと、定年制の統一化は、労使の最重要懸案事項であったものであるが、定年制を含め、従業員の労働条件の統一にはそれなりの必要性があり、本件労働協約にも合理性があるといえること本件労働協約の定める定年制は、原告ら旧鉄保プロパー社員にとって、雇用期間及び給与の総額面で不利益であるが、本件労働協約が旧朝日労働協約の五五歳定年制と旧鉄道保険部労働協約の六三歳定年制の統一を図り、労使双方の利害権衡のうえに五七歳定年制を導入しているものであって、旧朝日労働協約系の従業員に有利な反面、一方の旧鉄保プロパー社員の側に不利益なことは、統一化の過程でやむを得ない結果といえなくはないこと、本件労働協約の五七歳定年制は、国鉄永退社員を除く全従業員に一律に適用されるものであり、本件労働協約が原告ら非組合員の労働条件を低下させることのみを目的としたものとはいえないこと、本件労働協約は、定年改定及び統一、並びに退職金手当規定にかかわる解決のための代償金として、組合員、非組合員を問わず、昭和五八年四月一日現在、五〇歳以上の鉄道保険部出身の従業員に一人平均三二万円を支払うとともに、経過措置として、昭和五八年四月一日現在、満五七歳の者は、満六二歳まで特別社員として再雇用する旨を定め、本件労働協約の施行で不利益を受ける者に一定の配慮をしていること、原告が適用を受けていた六三歳定年制は、昭和三七年一一月一日の旧鉄道保険部労働協約、及びそれを受けて制定された鉄道保険部の就業規則(内規)が本件合体後被告会社に承継され、労働契約の内容になったものであり、原告が被告会社との個別的契約で獲得したものではないこと等の事実関係があるのであって、定年制及び定年後特別社員として勤務できるという制度は、一の事業場に常時使用される同種の労働者については統一的に定められるべき性質の事項であること、その他、本件労働協約の内容、その締結に至る経緯等に照らしても、原告に本件労働協約を適用することが著しく不当とされるべき特段の事情があるとはいえず、本件労働協約のうち定年制に関する部分の効力は原告に及ぶと解される。

更に、原告は、本件労働協約の適用で原告の受ける不利益が深刻であり、かつ、そのような不利益を受ける者が鉄道保険部出身者に集中し、その大部分が非組合員であること、及び、被告会社の支配介入により、本件労働協約を締結した組合執行部の多数が被告会社の意を受けた者であったことをもって、右特段の事情があると主張するので、この点について検討する。

前記設定事実、及び《証拠省略》によれば、本件労働協約前の労働契約で原告が満六三歳に達する翌年度の六月末日まで勤務できたと仮定すると、昭和五八年四月以降退職するまでの得べかりし給与総額が四、七二二万二、七六六円(昭和五七年度の年収額を基準に、ベース・アップ、昇給等考慮しないもの)のところ、本件労働協約の定年制(特別社員制度及び経過措置を含む。)の適用により、昭和五八年四月以降満六二歳の特別社員再雇用期間満了までに受けた給与総額は一、九一九万七、七五二円に過ぎず、給与総額で約二、八〇二万円の不利益を受けたこと、同様の不利益は、非組合員、組合員を問わず、旧鉄保プロパー社員全員が受け、かつ、被告会社の従業員のうち右のような不利益を受けた者は、旧鉄保プロパー社員だけであることが認められる。

しかし、既に述べたとおり、本件労働協約は、旧朝日労働協約と旧鉄道保険部労働協約の単なる定年制の統一化を図るものであり、その過程で有利な定年制の適用を受けていた旧鉄保プロパー社員の方に不利益の及ぶことがあるのはやむを得ないというべきこと、本件労働協約は、その施行によって不利益を受ける者に一定の配慮をしていること、本件労働協約が実施された昭和五八年四月当時、被告会社の旧鉄保プロパー社員七一名のうち非組合員は原告を含む一一名、その余の六〇名は組合員であって、旧鉄保プロパー社員の大部分が非組合員であったわけではないこと等に照らすと、原告ら旧鉄保プロパー社員が右のような不利益を受けるからといって、旧鉄保プロパー社員あるいは非組合員に差別的な不利益変更を強いたものとはいえず、このことをもって右特段の事情があるということはできない。

また、仮に、原告主張のように、被告会社の組合に対する支配介入の事実があったとしても、特に、組合執行部が被告会社の提案につき、支部闘争委員会(常任・全国)での討論、全員投票などを経て、代償条件及び修正要求を内容とする対案を作成したうえ、被告会社との交渉に臨み、被告会社の譲歩を獲得していること等、本件労働協約締結に至る経緯に照らすと、右支配介入の影響や、組合が自主性・独立性を失い、御用組合あるいは会社側の第二労務管理機構的存在になっていたこと等は認められず、前記特段の事情があったということもできない。

なお、原告は、本件労働協約に一人一人の権利を留保する旨の特約があるとし、これをもって右特段の事情があったと主張するけれども、後記のとおり、本件労働協約に原告主張のような特約があるとは認められないから、右主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。

したがって、原告の右各主張はいずれも採用することができない。

4  本件就業規則の効力について

原告は、原告ら鉄道保険部出身の従業員が本件合体後も鉄道保険部の就業規則を適用されていて、本件労働協約締結後もこの就業規則が何ら改訂されていないから、本件就業規則の効力が原告に及ぶことはないと主張する。

しかし、前記認定の本件就業規則の制定に至る経緯及びその内容に照らすと、本件就業規則が鉄道保険部出身の従業員を含む被告会社の従業員全員をその適用対象としていることは明らかであり、仮に、本件就業規則の制定が、被告会社の職員就業規則を改訂する形で行われ、鉄道保険部出身の従業員に適用されていた鉄道保険部の就業規則に何らの改訂が行われなかったとしても、原告に対し本件就業規則の効力が及ばないとはいえない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

5  本件就業規則等の原告への適用について

(一)  被告会社は、原告が本件就業規則等の制定前定年に関する法的権利を全く有せず、本件就業規則等の制定で初めてそれを取得したのであって、本件就業規則等の五七歳定年制が原告の労働条件を不利益に変更するものではないと主張するが、原告の労働契約に六三歳定年制が含まれていたこと、本件就業規則等の定める定年制が雇用期間と給与の総額面で原告の従前の労働条件を不利益に変更するものであることは前記認定のとおりであるから、被告会社の右主張は採用することができない。

(二)  ところで、新たな就業規則の制定又は変更によって、労働者の既得権を奪い、一方的に不利益な労働条件を課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解するのが相当であるところ、右にいう当該規則条項が合理的なものとは、当該就業規則の制定又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、労働者が受けることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金、定年制など労働者にとって重要な労働条件に関し、実質的な不利益を及ぼす就業規則の制定又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五号昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁、同昭和六〇年(オ)第一〇四号昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁参照)

そして、就業規則の変更が合理的なものであるか否かを判断するにあたっては、変更の内容及び必要性の両面からの考察が要求され、右変更により従業員の受ける不利益の程度、変更の必要性の高さ、その内容の合理性、右変更と関連するその他の労働条件の改善状況等のほか、労働組合との交渉の経過、他の従業員の対応等の諸事情を総合勘案する必要がある。

(三)  そこで、本件就業規則等の制定による定年制の実施が合理的なものであるか否かについて、検討する。

(1) 就業規則の変更により従業員が受ける不利益の程度

原告が本件就業規則制定前の労働契約により、満六三歳に達する日の翌年度の六月末日まで勤務できたと仮定すれば、昭和五八年四月以降退職までに給与総額四、七二二万二、七六六円を得べきところ、本件就業規則等の定年制(特別社員制度及び経過措置を含む。)の適用により、昭和五八年四月以降満六二歳の特別社員再雇用期間満了時までに現実に受けた給与総額が一、九一九万七、七五二円であり、給与総額で約二、八〇二万円、雇用期間で約一年六月間の差異があること前記認定のとおりであり、原告の受ける不利益の程度は少なくないというべきである。

(2) 就業規則変更の必要性の存在

① 前記認定事実、並びに《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

イ 一般に、会社等が合併あるいは合体した場合、労働条件の統一的、画一的処理の要請から、引き継がれる従業員相互間の労働条件の格差を是正し、単一の就業規則を制定すべき必要性が高いことはいうまでもないところ、被告会社と鉄道保険部では、双方の労働条件等に著しい格差があったことから、本件合体の際、右のような格差を是正し、統一化された就業規則を制定すべき必要性が特に高かったが、鉄道保険部の性格に曖昧な部分があって合体を急いだため、労働条件の統一化(単一の就業規則の制定)が合体後の課題として残された。

ロ 本件合体後、被告会社と訴外組合との労使交渉が重ねられた結果、原告ら旧鉄保プロパー社員の労働条件のうち定年制を除くその余の労働条件は、次のとおり被告会社プロパー社員のそれとほぼ同一となり、大幅に改善された。

a 賃金制度

合体前の鉄道保険部の賃金制度は、もと事務職員に固定給、営業員に歩合制が適用され、後に歩合給財源をプールしての固定給制がとられたりし、制度そのものが不安定であったうえ、種々の点を含めて基準が不明確であり、概して待遇が悪く、賃金水準も被告会社のそれに比して低かったが、本件合体直後から旧鉄保プロパー社員についても、順次被告会社の給与制度・賃金テーブルが適用されていったことから、例えば、鉄道保険部の本給は、基本給と加給に分かれ、給与規程上の手当として職務手当、時間外手当、当宿直手当のみであったのが(但し、別規程で暫定手当、奨励手当、北海道石炭手当があった。)、合体後、基本給与が本俸及び諸手当とされ、給与規程上の諸手当として、職務手当、時間外勤務手当のほか、家族手当、技能手当、休日勤務手当、暖房手当、北海道在勤手当、住宅手当、別居手当、出先手当等が加えられた。

そして、合体直前の昭和三九年四月一日当時、本俸月額三万五、九〇〇円、加給金七、一八〇円、職務手当金三、〇〇〇円合計月額四万六、〇八〇円であった原告の給与が、合体後の昭和四〇年四月一日には本俸月額四万八、五八〇円、家族手当二、五〇〇円、職務手当三、〇〇〇円の合計月額五万四、〇八〇円と大幅に上昇した。(その後、賃金制度は、昭和四三年一一月旧鉄保プロパー社員に有利なように被告会社の制度に統一され、昭和四〇年の合体後昭和五七年まで一八年間に、原告が受けた本俸の対前年上昇額の累計額と被告会社の同年齢の標準的従業員のその額が殆ど同じになった。)

b 退職金制度

合体前の鉄道保険部の退職金制度は、退職の日における基本給に、勤続期間に応じ、一月につき勤続一年から五年までの期間は一二分の一・〇、勤続五年を超え一五年までの期間は一二分の一・五、勤続一五年を超える期間は一二分の一・二を各乗じた金額の合計額を各支給するものとされており(国鉄永退社員の勤続年数に該当する勤続年数五年を超え一五年までの者が最も優遇されていた。)、総じて支給係数が低く、制度自体業界一般の平均的な制度、すなわち退職金支給係数を勤続年数にスライドさせていた被告会社の制度に比して係数に格差があり、また、算出の基礎となる賃金も前記aのとおり、水準が低かったところ、本件合体後、原告ら旧鉄保プロパー社員の退職金について、昭和四三年四月一日から被告会社の退職金規程と同じ方式、すなわち退職金支給係数を勤続年数にスライドさせる方式が採用され、その統一化が図られた。(その際の改訂により、退職金支給係数は、例えば、鉄道保険部では勤続二〇年で二六か月であったものが、三五か月となり、原告は、約三五パーセント増額の利益を得た。)

また、被告会社では、昭和四六年一〇月一日から退職手当基準が改訂され、例えば、勤続二〇年までのものが四一か月、勤続三〇年のものが七一か月となり、支給率が引き上げられたことにより(但し、本件労働協約により退職金手当基準支給率が再度改訂され、例えば、昭和六一年度以降は三〇年勤続で五一か月とされた。)、前記aの賃金制度の統一化と相まって、旧鉄保プロパー社員は、退職金の面でも被告会社プロパー社員と同一の待遇を受けることができるようになり、合体前と比較して有利な取扱いを受けることができるようになった。

c その他の労働条件

就業時間、体日、年次有給休暇等の労働条件についても、順次、諸規程の一本化・統一化が図られ、昭和四六、七年頃には、定年の統一化以外のその他の労働条件は、いずれも旧鉄保プロパー従業員にとって有利な方向でほぼ統一化されていた。

ハ 旧鉄保プロパー社員と被告会社プロパー社員の労働条件は、昭和四六、七年頃までに定年制を除きほぼ統一化されており、定年制についてのみ、旧鉄保プロパー社員を優遇し、被告会社プロパー社員を厳しく取り扱わなければならぬ積極的な理由がないのに、その統一化交渉が難航したため、そのような不平等の事態が続いていたものであって、定年統一化問題は、労使間の最重要懸案事項となっていた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

② 右事実関係を総合すると、本件就業規則等の制定には、高度の必要性があったということができる。

(3) 本件就業規則等の内容の合理性

① 前記認定事実、並びに《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

イ 本件就業規則等は、原告ら旧鉄保プロパー社員に適用されていた六三歳定年制と被告会社プロパー社員に適用されていた五五歳定年制を統一化し、五七歳定年制(但し、従業員が定年後も引続き勤務を希望し、かつ心身共に健康な者は、原則として満六〇歳まで特別社員として再雇用される。)を定めるものであり、旧鉄保プロパー社員には雇用期間と給与総額面で不利益な変更というべきであるが、被告会社プロパー社員には有利な変更といえる。

ロ 訴外住友海上火災株式会社をはじめとする損害保険会社七社は、昭和五六年から昭和五八年にかけて従業員の定年延長を実施したが、いずれも従前の五五歳定年を六〇歳定年に延長するとともに、定年延長後の従業員(管理職を除く。)の給与水準を当該従業員の五四歳時の給与(年収)のほぼ四〇パーセントから六〇パーセント程度に減額するものであり、しかも、昭和五八年当時の損害保険業界では、五五歳から五七歳を定年とし、定年後、数年間の再雇用制度を設けている会社が多かったのであって、本件就業規則等の五七歳定年制と特別社員制度の水準は、我が国産業界全体あるいは損害保険業界の定年制等の実情に照らし、低きに失するものとはいえない。

ハ 本件定年制の実施に伴い、定年統一及び退職金手当規定改定の代償金として、昭和五八年度新入社員等を除く従業員のほぼ全員に対し、一人平均一二万円が支払われるほか、鉄道保険部出身の従業員については、昭和五八年四月一日現在五〇歳以上の者に対し一人一律三〇万円が加算されて支払われていることになっており(なお、村上証言によれば、原告に支払われるべき代償金額は金四四万八四九八円と認められる。)、更に、鉄道保険部出身の従業員に対する経過措置として、同日現在満五七歳の者は満六二歳まで特別社員として再雇用するとされていたのであって、十分とはいえないまでも、一応本件定年制の一律実施によって生ずる結果を緩和する方策も講じられていた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

② これらの事実に照らすと、本件就業規則等の定める定年制度の内容にも合理性があるということができる。

なお、右認定事実、及び弁論の全趣旨によれば、原告に支払われるべき右代償金が原告の不利益を補償するに足りないものであり、また本件定年制が鉄道保険部出身の従業員にとって定年を早めるものであって、この点、現今社会の定年延長の一般的動向に反するものであることは、原告主張のとおりと認められるが、これらは右認定判断を左右するものではない。

更に、本件就業規則等の制定前、被告会社プロパー社員の定年制がどうであったかについて検討するに、《証拠省略》によれば、訴外組合は、被告会社プロパー社員の定年が労使慣行で実質六〇歳定年となっている旨ほぼ一貫して主張するとともに、組合員に配布する組合員手帳の中にも、旧朝日労働協約適用者について、同協約上従業員の定年を満五五歳としているが、労働協約の解釈、適用に関する覚書により、会社は業務の都合により必要がある場合定年退職者を新たに嘱託として雇用することができる、とされていて(本件就業規則前の職員就業規則に満五五歳の定年後も事情により嘱託として在職を命ずることがある旨の規定があったことは前記設定のとおり。)、右「業務の都合により必要」との点につき、過去の闘いの中で「本人の申し出があれば認める」という労使慣行を築いてきており、社員嘱託は一年更改であるが、希望した者は六〇歳まで更改でき、実質六〇歳定年である旨記載していること、また、訴外損害保険経営者懇談会が損害保険株式会社各社に定年後再雇用の状況を問い合わせた結果に基づき作成した資料では、被告会社の再雇用について、その年限が一年更改で五年間とされ、その範囲も原則として希望者全員とされていることが認められる。

一方、《証拠省略》によれば、被告会社は、昭和二六年に設立されたが、設立当初人材不足から、要所要所に中高年中途採用者を管理職として配置し、学卒新入社員の指導育成に当たらせるとともに、業務運営を軌道に乗せる必要があったこと、中高年中途採用者は、当時、既に殆どの者が相当な年齢であり、これらの者が満五五歳で定年退職すると会社経営が成り立たなかったことから、再雇用制度を設け、会社が必要と認めた場合に、五五歳定年後一年更改の嘱託として六〇歳までの再雇用を認めたこと、右の中高年中途採用者は、昭和五一年二月頃までに全員が退職した(最終退職者は、同月に退職した訴外長谷川徳一であった。)ため、その後右再雇用制度の本来の意義は失われたこと、その後、昭和五一年八月に定年退職期を迎えた訴外諫山茂夫ら中高年中途採用者以外の従業員に右制度が適用された例があったが、これは、旧鉄保プロパー社員との均衡もあって、制度の急激な変更を避けたものであり、会社の事情で必要と認めた場合に該当する社員につき適用されたものであること、中高年中途採用者以外の被告会社プロパー社員のうち、昭和五八年四月までの間に五五歳定年を迎えたものは訴外諫山茂夫ら一一名に過ぎず、そのうち嘱託社員として再雇用されたものは九名、更に六〇歳まで嘱託社員として勤務したものは一名に過ぎないこと、被告会社は、昭和四〇年当時から訴外組合との労使交渉等で、右の嘱託再雇用制度を本来中高年中途採用者に適用されるべきものと主張し、組合の前記主張をほぼ一貫して否認していたことが認められる。

右事実によると、被告会社プロパー社員のうち中高年中途採用者については、その採用時の事情の特殊性などもあって、労使慣行による実質六〇歳定年が成立していたと認められるものの、右以外の被告会社プロパー社員(但し、昭和五一年二月以降は社員全員が中高年中途採用者以外の者であった。)については、実質六〇歳定年が成立していたとまでは認めることができない。

したがって、中高年中途採用者以外の被告会社プロパー社員の定年は、前記職員就業規則及び旧朝日労働協約の定めにより満五五歳であったというべきである。

(4) 定年を除くその他の労働条件の改善状況等

本件合体後、原告ら旧鉄保プロパー社員が鉄道保険部時代に比して、給与、退職金等の面で大幅に有利な取扱いを受けるようになり、就業時間、休日、年次有給休暇等その他の労働条件についても、順次、諸規定の統一化が図られた結果、昭和四六、七年頃までに定年以外のものがいずれも有利な方向でほぼ統一化されていたことは前記のとおりであって、これらの措置は、本件定年制の実施に対する直接的な見返りないし代償としてとられたものではないとしても、本件合体に伴う格差是正の一環として、本件就業規則等の制定と共通の基盤を有するものであるから、右本件就業規則に合理性があるか否かの判断にあたって考慮することのできる事情である。

(5) 労働組合との交渉経過

被告会社と訴外組合が旧鉄保プロパー社員と被告会社プロパー社員との定年制統一化問題について、昭和四〇年二月の本件合体直後から十分な労使交渉を重ね、その結果漸く昭和五八年三月本件定年制の合意に至ったこと、訴外組合が被告会社との右合意にあたり、支部闘争委員会(全国・常任)及び支部大会等で内部討議を重ね、十分な論議を行っていることは前記認定のとおりである。

また、原告は、訴外組合が被告会社の支配介入により、労働組合としての実質を失った第二労務管理機構に過ぎなかったから、訴外組合が同意したことをもって本件定年制の合理性を裏付けることはできない旨主張するが、前記認定のとおり、本件労働協約締結及び本件就業規則等の制定に至る経緯に照らすと、訴外組合が被告会社からの自主性・独立性を失っていた御用組合あるいは被告会社の第二労務管理機構であったとは認められず、訴外組合が本件定年制の実施に合意したことは、本件就業規則等の制定の合理性の判断にあたり、積極に考慮できる事情というべきである。

(6) 本件定年制に対する他の従業員の対応

前記認定事実、並びに《証拠省略》によれば、本件就業規則の定める「五七歳定年・昭和五八年四月一日実施」の内容は、訴外組合内部でも、組合員の大多数の賛成が得られていたのであり、組合内部で意見の対立があったのは、被告会社の同年四月一一日付の最終回答で収拾するか、あるいは代償措置(三月臨時給与の要求・その年初協定)、再雇用嘱託、経過措置等に関する要求実現のために更に交渉を継続するかについてであったこと、及び、本件定年制の実施に反対し、代償金の受取りを拒否している者は、同年四月一日現在の被告会社の全従業員八〇五名(旧鉄保プロパー社員は七一名)のうち原告を含む四名(いずれも旧鉄保プロパー社員)に過ぎないことが認められ、これらの事実からすると、旧鉄保プロパー社員を含む被告会社従業員の多くは本件定年制の実施をやむを得ないものとして了承していた、ということができる。

(四)  以上右(1)ないし(6)の諸事情を総合すると、本件就業規則等の制定は、これによって原告ら旧鉄保プロパー社員が受ける不利益を考慮しても、被告会社の労使関係において、その法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものといわなければならない。

したがって、本件就業規則等の定める定年制は、原告に対しても効力が及ぶというべきである。

6  解除条件の成就について

被告会社は、本件合体後の原告の定年に関する権利(六三歳定年)が前記二本建て定年制統一化までの解除条件付六三歳定年であり、本件労働協約の締結及び本件就業規則等の制定でその解除条件が成就したものであって、これにより原告の定年に関する権利が五七歳定年に確定したと主張する。

《証拠省略》には、原告ら鉄道保険部出身の従業員が本件合体で取得した定年に関する権利(六三歳定年)が定年制統一化まで効力を有するに過ぎない、変更の予定された暫定的権利(定年制)に過ぎなかったとする部分があり(《証拠省略》にも同趣旨がみえる。)前記合体に関する覚書五条、六条の規定を論拠とするものであるところ、右覚書の内容は前記認定のとおりであって、本件合体後、労働条件等の統一化が予定されていたことが認められるが、このことから直ちに原告ら鉄道保険部出身の従業員の定年に関する権利が、右統一化まで効力を有するに過ぎない解除条件付であったといえないことは明らかであるから、この点に関する右各証拠はいずれも採用の限りでなく、他に被告会社の右主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告会社の右主張は採用することができない。

7  本件労働協約及び本件就業規則等の遡及適用について

(一)  本件労働協約は労働組合法一七条の一般的拘束力により、また本件就業規則等はその規則条項に合理性が肯定されることから、いずれも原告に効力が及ぶと認められるところ、本件労働協約の締結(協定書の調印)及び本件就業規則等の制定が昭和五八年七月一一日であるのに、本件定年制が同年四月一日付で実施されているため、本件定年制のように労働条件を不利益に変更する労働協約あるいは就業規則の条項を遡及して適用できるか否かが問題となる。

(二)  まず、労働組合法一四条によれば、労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずると定められているが、同条は労働協約の効力発生要件を定めるものであって、労働条件を労働者に不利益に変更する協約であっても、締結当事者の合意で効力発生時期を協約締結以前に遡及させることができないものではないと解される。

ただ、そのような場合、労働協約の遡及効は、特段の事情のない限り、当該労働協約が遡及される期間及び協約締結時を通じて組合員であった者に対してのみ生じ、このような組合員でなかった者に対しては、その個別の授権あるいは同意なくして、当然に労働協約の遡及適用をすることはできないと解すべきであり、このことは、労働協約の一般的拘束力により協約の効力が非組合員に及ぶとされる場合であっても、異なるものではない。

これを本件についてみるに、本件労働協約は昭和五八年七月一一日に締結(協定書の調印)されたが、同協約では、本件定年制を同年四月一日に遡及して実施する旨合意されていたこと、原告は、本件労働協約の遡及適用期間及び締結時を通じて非組合員であったが、労働組合法一七条の労働協約の一般的拘束力により、本件労働協約の適用を受けることとなったこと前記認定のとおりであるから、原告に本件労働協約を遡及して適用するためには、この点について原告の個別の授権あるいは同意を要するところ、原告が右個別の授権あるいは同意をしたと認めるに足りる証拠はない。

また、前記認定事実並びに《証拠省略》によれば、被告会社と訴外組合の昭和五八年三月三一日の団体交渉で「定年五七歳で合意するという基本方向については、労使で確認した。早急に細部を含めて不一致点を詰めるべく双方が努力し、合意のうえ四月一日より実施するものとする。」との確認がなされ、同年五月九日の団体交渉で本件労働協約の締結について合意妥結したこと、本件労働協約の締結(協定書の調印)が同年七月一一日になったのは、労使間で細部事項の協議を進めた結果であり、右経過については、非組合員を含む被告会社の従業員全員に周知のことであったことが認められるが、これらの事情を考慮しても、本件労働協約を原告に遡及適用できる特段の事情があったとは認められない。

したがって、本件労働協約の効力が、昭和五八年四月一日に遡及して原告に及ぶことはなく、本件労働協約の定年制の効力が原告に及ぶのは、同協約の締結(協定書の調印)がなされた同年七月一一日以降であると認められる。

(三)  次に、就業規則は、経営主体が一方的にその作成・変更をなし得るもの(但し、労働基準法により同法所定の労働組合又は労働者の意見聴取を要することとされている。)であり、就業規則が労働条件を不利益に変更するものである場合には、当該規則に遡及適用が明示されているとしても、変更後の就業規則を一方的に遡及して適用することは許されないと解すべきであるから、前記認定の本件就業規則等制定の経緯に照らし、原告に対し本件就業規則等を昭和五八年四月一日に遡及して適用することはできず、原告が本件就業規則等の定年制の適用を受けるのは同年七月一一日以降であると認められる。

三  再抗弁について

1  原告は、再抗弁として、(一)一般的拘束力排除の合意、(二)停止条件の不成就、(三)本件就業規則等の無効を主張しているところ、これらの主張は本件労働協約に「組合が本件労働協約を締結しても、定年制の切下げ(本件定年制)について個人が同意しなければ、その個人には従来どおりの権利(鉄道保険部出身の従業員の場合には、六三歳定年制)が残る。」という特約(いわゆる「一人一人の権利を留保する」との特約)があったことを前提とするものであるから、まず、この点について判断する。

2  前記認定の事実、並びに《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  訴外組合は、定年・退職金問題を妥結するにあたり、金損保本部の指導に基づき、昭和五八年四月二八日の常任支部闘争委員会において、定年・退職金問題を被告会社案で収拾するが、一人一人の権利を留保する立場をはっきりさせ、経営者との交渉でも明確に主張すること、一人一人の権利を留保するとは、労働組合の組織として協定をするが、不満の者(例えば、対置要求〔代償条件、修正要求〕に反対の者、旧鉄道保険部労働協約適用者で定年の既得権の額が不満であり反対の者、対置要求が満足されないために定年・退職金の権利を譲ることに反対の者)が会社との関係で個人として異議を示せることを意味すること、個人が異議を示すことについて、組合として(1)特に統制処分はしない、(2)協定、覚書の内容に不満な者にも、分派行動(団結破壊のみを目的とした行為)をとらない限り統制処分をしない、(3)問題が起きたときは、全損保本部と相談して進めること等を決定し、これを全損保本部に報告して承認を求めた。

(二)  全損保本部は、同日訴外組合の右決定について討議し、「更に交渉を継続すべきである」という同本部のスタンスは変わっていないが、大局的判断をして、やむを得ず一人一人の権利を留保するとの立場での条件付承認をなし、これを受けて、訴外組合は非組合員に対しても、同年五月二日付「定年・退職金制度交渉の収拾について」と題する書面で右方針の下に労使合意の手続を進めている旨通知するとともに、非組合員の理解を求めた。

(三)  同年三月一八日訴外組合の執行部と旧鉄道保険部労働協約適用組合員の代表者との会議の席上、一組合員から、自分には固有の労働契約があり、その固有の権利を組合が勝手に切り下げるのは認められない、自分は拘束されたくないので、調印前に組合を脱退したい、との連絡がなされ、更に、同年四月一八日付で訴外組合の委員長宛に、組合が会社と調印してもそれに拘束されたくない、との意見書が提出されたが、訴外組合の執行部は、個人の権利が留保されることになり、拘束されないので、脱退の必要はなくなったと説明して説得をした。

(四)  訴外組合は、同年五月九日訴外会社との団体交渉の機会に、定年・退職金交渉の妥結手続に入るにあたり、「定年・退職金問題について、組合は組織討議の経過を踏まえ、一人一人の権利を留保する立場をとる。つまり、組合組織としては、会社と調印することになるが、不満の者が会社との関係で個人として異議を唱えることができることと解釈している。」との付帯的発言を行い、被告会社側の質問に対し、「組織的には、この内容で合意するが、個人に不満がある場合、組合として統制をかけるようなことはしない。会社と組合との関係では問題はない。ただ、労使でどう決めようと、個人がやろうと思えばやれる問題と考えている。どうしてもという者について、異議を申し立てるのを駄目だということは、組合としていえない。」旨説明したが、被告会社側は、「せっかく労使間で妥結した訳であり、できるだけそういうことがないように望みたい。」と発言したのみであり、その後労使間で事務折衝をし、協定書、付属覚書及び議事録確認等の文言整理作業を行ったところ、訴外組合の右付帯的発言の記載はなされなかった。

(五)  被告会社は、右交渉妥結後、従業員に対する代償金の支払を月例給与等と同様銀行振込みによることとし、旧鉄道保険部出身者に対して、所属長が該当者各人に直接本件労働協約の理解を求め、領収証を取りつけて現金を支給するようにし、原告には同月一〇日、代償金一二万円の銀行振込みをしたが、原告は、その受取り(右代償金の受領印の押捺)を拒否し、同日佐々木九州営業本部長と今井北九州支店長、翌一一日東京の被告会社本店で中取締役と村上人事部長、更に同月一八日村上人事部長と佐々木九州営業本部長から、それぞれ本件定年制の実施を理解して貰いたい旨説得されたが、本件定年制の適用を拒否した。(なお、右代償金は、後日、銀行送金の方法で被告会社に返還された。)

(六)  その後、同年九月一九日から二一日にかけて開催された訴外組合の定例支部大会で「統一労働協約(定年・退職金)闘勢総括」の議案審理が行われ、賛成多数で承認されたところ、その際、前記権利留保の取扱いについて、大会オブザーバーから「定年・退職金の労使協定がされたが、組合は労働条件の維持向上を求める団体であり、違反するのではないか。現在の労働条件を悪くするのは、個々の労働者の授権が必要である。権利留保の扱いはどうしたのか。経営者に明確に権利留保の主張をしたのか。」、「権利留保の証拠はどこにあるのか。その権利はどこにあるのか。私を含め四人が留保したのは、分かっていた筈だ。裁判への配慮をしたものと推定される。協定書から四名の氏名を削除してもらいたい。」との発言があったのに対し、組合執行部は、「労働組合は、労働条件の維持向上をスタンスに進めている。切下げについても、結果として力及ばずとなっているが、全組合員の論議経過を経て組織的に決定しているものであり、組合規約に反しているとは思わない。権利留保については、本部との調整(話合い)の中で出てきたものであり、三分の一の反対の重みを配慮して、団交の中で主張している。この権利留保の点について、特に労使間で協定するというのではなく、団交で主張するという扱いになっている。」、「労使間協定は、非組合員を含めて全従業員に及ぶと考えている。組合執行部として、不満の意思表示をする人が出ていることは残念であるが、(一人一人の権利を留保する)とは、統制上の措置を行わず、会社への異議申立てができることを意味する、という組合の取扱いとして考えて貰いたい。」旨回答した。

3  右(一)ないし(六)の事実によれば、訴外組合は、全損保本部から一人一人の権利を留保する立場での条件付承認を得て、被告会社との定年・退職金の交渉を妥結させるにつき、昭和五八年五月九日の団体交渉の際、前記認定の付帯的発言をしたことが認められるけれども、そのことが被告会社との間で了解されたとか、右妥結事項の合意内容、あるいは付帯条件等になったものとはいえず、妥結後、被告会社が旧鉄道保険部出身の従業員に代償金を支払う際、各所属長をして直接該当者に本件労働協約についての理解を求めさせ、説得にあたらしめたことにも、取扱いに慎重を期した以上の意味はないと考えられ、本件労働協約に原告主張のような特約があったとは認められない。

なお、大田証言中には、訴外組合の右付帯的発言に対し、被告会社側が特段の異議を唱えなかったから、右付帯的発言の内容が本件労働協約の特約となることを認めたことになるとの部分があるが、右認定の経緯に照らし採用することができず、他にこの点に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

4  以上のとおり本件労働協約に原告主張の特約があったとは認められないから、再抗弁1ないし3の各主張は、いずれも前提を欠くものであり、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

四  以上の次第で、原告は、本件労働協約が締結され、本件就業規則等が制定された昭和五八年七月一一日以降本件定年制の適用を受けるところ、本件労働協約及び本件就業規則等によれば、原告は、当時既に満五七歳に達していたから、同日付で定年退職となり、その後本件労働協約の定める経過措置で満六二歳まで特別社員として再雇用されるという地位を有するに過ぎなくなったと認められる。

そして、《証拠省略》によれば、被告会社の給与規定では、職員に対するその月分の給与を毎月二〇日に支給するとされ、特別社員給与規定では、特別社員に対する給与を特別社員になった翌月から毎月二〇日に支給するとされており、その趣旨からみると、特別社員となった月に支給されるべき給与は、社員としての給与であり、特別社員として減額された給与が支給されるのはその翌月からであると解されるから、被告会社が同年七月一二日以降原告を特別社員として取り扱い、同年八月以降の原告の月例給与及び賞与等(但し、後記のとおり昭和五九年の春期賞与を除く。)を本件労働協約及び本件就業規則等の定める基準(特別社員給与規定)に基づき減額して支給したこと、原告に対し昭和六二年一一月三〇日付内容証明郵便をもって、同年一二月一〇日で特別社員再雇用期間満了による退職とする旨通知するとともに、同月一一日以降原告を退職したものとして取り扱ったことには理由があるというべきである。

しかし、被告会社は、昭和五八年七月一一日までは原告に本件定年制を適用できなかったものであり、被告会社が同年三月三一日付けで原告を定年退職扱いにし、原告が社員として支払を受けるべき同年五月、六月、七月分の給与(月額三九万七、一五四円)を各二三万六、〇四四円減額して支給したこと、同年の夏期賞与(六月賞与)として支給すべき一〇二万五、二八〇円(被告会社の社員の同年の夏期賞与は昭和五七年度の夏期賞与額と同額と推定される。)を六三万〇、五二八円に減額し、更に、同年四月分給与の超過払い分として一六万一、一一〇円を差し引いて支給したこと、昭和五九年の春期賞与(三月賞与)として支給すべき四六万七、九〇三円〔被告会社の社員の昭和五九年の春期賞与は昭和五八年の春期賞与額と同額と推定され、その計算式は次のとおりである。638780円(昭和五八年の春期賞与及び賞与追給の合計額)×3490966円(昭和五八年四月一日より昭和五九年三月末日までに原告に支給されるべき月例給与の合計額)/4765848円(昭和五七年四月一日より昭和五八年三月末日までに原告に支給された月例給与の合計額)=467903円(一円未満は切捨て)〕を一八万一、八六七円に減額して支給したことには、いずれもその理由がない。

なお、被告会社の社員の昭和五八年の冬期賞与(一二月賞与)は、昭和五七年の冬期賞与と同額と推定され、これによれば、原告が同年の冬期賞与として支給を受けるべき金額は七〇万八〇二九円〔1071096円(昭和五七年の冬期賞与の額)×1575190円(昭和五八年七月一日より同年一二月末日までの六か月間に支給を受けるべき月例給与の合計額)/2382924円(昭和五七年七月一日より同年一二月末日までの六か月間に支給された月例給与の合計額)=708029円(一円未満切捨て)〕になるところ、前記認定のとおり、原告は同年の冬期賞与及び賞与追給として、右金額より多い賞与(七三万一、三四三円)の支給を受けているので、昭和五八年冬期賞与の減額問題はない。

してみると、被告会社は原告に対し、昭和五八年五月ないし七月分の各給与の残額(四八万三、三三〇円)、同年の夏期賞与の残額(五五万五、八六二円)、及び昭和五九年の春期賞与の残額(二八万六、〇三六円)の合計一三二万五、二二八円とこれに対する弁済期後の昭和六一年一〇月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、右昭和五八年五月ないし七月分の各給与の残額、同年の夏期賞与の残額及び昭和五九年の春期賞与の残額、合計一三二万五、二二八円、及びこれに対する弁済期後の昭和六一年一〇月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右部分を認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用し、なお仮執行免脱宣言は不相当と認め付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中貞和 裁判官村岡泰行、裁判官村田渉は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 田中貞和)

<以下省略>

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